第292話 狂気と殺戮
「そこ!」
叫んで、智香子は〈隠密〉スキルで姿を消していたエネミーに対して〈ライトニング・ショット〉を放つ。
感電して集中力が途切れたエネミーが姿を現した。
わざわざ声に出して叫んだのは、他の子たちにそのエネミーの所在を伝えるためでもる。
アトラトルに次の槍をつがえて構えていた世良月が、そのままその感電したエネミーめがけてアトラトルを振り下ろし、そのエネミーは胸部を槍に貫かれて絶命した。
こうしてスキルで姿をかくして接近してくるエネミーはそれなりの頻度で現れるので、迎撃する側も手慣れたものになっている。
今回、これまでと違ったのは、そのエネミーが智香子のいる位置までわずか五メートル付近、という至近距離まで接近していたことか。
智香子も頻繁に〈鑑定〉スキルを使用して警戒に努めていたわけだが、ここまでの接近を許したのはこれが最初になる。
「集中力がなくなっているかな」
と、智香子は自覚した。
自分としては疲れを感じていなかったものだが、どうやら頭の回転が鈍っていたらしい。
もうちょっと、頑張らないと。
智香子は、そう思う。
直立ネコ型のエネミーたちは、すでに大半が倒されていた。
わずかに残ったえねみーたちも、智香子たち以上に疲弊した様子だった。
それでも、逃げようとはせずに智香子たちに迫ってくるのは、「エネミー」という名の通り、この迷宮に出没する生物に共通する習性になる。
なにが彼らをそこまで攻撃的な衝動に駆り立てるのか、智香子には想像もできなかった。
が、エネミーがそういう性質を持っているというのは確かであり、この傾向に例外はない。
この直立ネコ型のように、知性を持つヒト型も、その例には漏れなかった。
すでに、あれだけ大勢いたエネミーたちは大半、ざっと七割以上は動かない肉片となって地面に伏している。
だというのに、逃げようとする気配はなく智香子たちに攻撃を続けていた。
ここに来てはじめて、智香子はエネミーという存在に強烈な違和感をおぼえた。
普通の生物ではない。
生物としての本能が、壊れているとしか思えなかった。
ありきたりな表現を用いれば、
「狂気」
ということになるのだろう。
しかし、それは特定の個体に属する狂気ではなく、この直立ネコ型を含めた全種類のエネミーが共通して持っている属性だった。
迷宮内に出現するすべてのエネミーが、人間への憎悪に駆り立てられている。
これが、異常でなかったとしたら、なんと呼べばいいのだろうか。
ここは、異常だ。
迷宮も、エネミーも、すべてが外の規範から外れた存在だと、智香子は改めてそう実感する。
すべてのエネミーを倒し終えた時、周囲の地面はエネミーの血肉で覆われ、ほとんど隙間がないような有様だった。
智香子は周囲に、血の匂いが充満しているように感じる。
酸鼻を極める、というのは、こういう光景をいうのか。
と、智香子は実感する。
紛れもなく、智香子たちの手で行われた殺戮の痕跡だった。
〈スローター〉氏は、周囲をゆっくりと見渡して生き残って動いているエネミーがいないことを確認し、それからおもむろに自分の〈フクロ〉から大きなポリ容器を取り出して頭上に掲げ、剣でそのポリ容器を真っ二つに裂いた。
ポリ容器に入っていた透明な液体、その透明度と匂いがしないから、おそらくはなんの変哲もない水だと思うのだが、それが〈スローター〉氏の頭上に降り注ぎ、その途端、〈スローター〉氏の周囲はもうもうとした蒸気に包まれる。
「体を冷やしているのですよ」
すぐそばにいた世良月は、そう説明をしてくれた。
「あのスキルを使用した直後は、ああしないと体内に熱が籠もって大変なことになるのです」
あのスキル、体の外に高熱を発生させるとかいうスキル、だったか。
頭から被った水がすぐに水蒸気に変わることから考えて、相当な高熱であるのに違いない。
とにかく、使用者にもかなりの負担を与えるスキルであることは確かだった。
その証拠に、〈スローター〉氏はなんどもポリ容器を頭上に掲げては壊して、大量の水を浴びている。
「わかっているとは思うけど」
その〈スローター〉氏が、智香子たちに告げた。
「各自、自分の体に異常がないか、しっかり確認しておいて。
〈ヒール〉で治せる傷は、今のうちにしっかり治しておくこと」
今回の戦闘は終わったが、智香子たちが迷宮の外に出るめどがついたわけではない。
つまり、これからも長期戦を覚悟しなければならないということであり、そうした場合、ほんの少しの不具合でも放置しておけば、それがきっかけになってパーティ全体が崩壊することも考えられた。
可能な限り、万全な状態を保つ。
少なくとも、保とうと努力をする。
これは、生きて迷宮を出ようとしている限り、前提となる方針になる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます