第291話 怪物

 直立ネコ型エネミーたちも、想像していた以上に個性がある。

 普段の立ち振る舞いや状況の変化への対応の仕方に個人差があり、そうした反応を智香子はいちいち人間っぽい思った。

 しかし、多勢に無勢というか、智香子たち側よりもそのネコ型エネミーの方が、人数的には圧倒的に有利であり、人間っぽいからといって感情移入をしているような余裕も、現実にはない。

〈スローター〉氏は場数を踏んでいるだけあり、こうした場合への対処法もなかなか堂に入っている。

 ネコ型エネミーが勢いづいた場所があれば、的確にそこを攻撃して流れが変わるのを防いでいた。

 ネコ型の中にも冷静な判断力を持っていたり単純に豪胆だったりする個体が存在していて、そうした個体が周囲の同類を鼓舞して機運を盛りあげかけることがあるのだが、そうした空気を目聡く察すると、〈スローター〉氏は即座に〈威嚇〉スキルと突撃のコンボで数十体単位のエネミーを蹴散らし、そうした空気を潰す。

 直立ネコ型エネミー、数十体もろとも、ということだが。

 劣勢の中、態勢を整えて智香子たち人間を迎撃できるように呼びかけた個体もろとも、周辺のエネミーを問答無用で叩き潰すこの攻撃は、やられた側の戦意を挫くという点で効果は甚大といえた。

 こうした光景を再三目撃したあと、

「こうした集団戦闘では、単純な戦力比以外にも、構成員のモチベーションの高さも全体の趨勢に大きな影響力を与える」

 ということに確信を持つようになる。

 単純に人数で比較すると、エネミー側はそれこそ智香子たちの十倍以上の人数が揃っていた。

 体格差もあり、一対一の個体同士での戦いなら、智香子たち人間側が圧倒的に有利なはずで、でも、直立ネコ型エネミー側は、その不利を優に覆せるだけの人数を持っている。

 にも関わらず、すぐに決着をつけることができず、それどころか時間が経つにつれて人数を減らされているのは、智香子たち人間側ではなくエネミーの方だった。

〈スローター〉氏はすべてのエネミーを無差別に攻撃しているわけではなく、的確に、周囲のネネミーに影響を与えそうな行動をした個体を狙って早めに叩き潰しているのが、かなり奏功しているように、智香子には見える。

 ヒト型と総称される二本足で直立歩行するエネミーは、大半、知能を備えているといわれていた。

 頭の善し悪しはその種族によって変わってくるそうだが、この直立ネコ型の場合は人間とさほど変わらない知能を持っているのではないか。

 とか、智香子は思う。

 智香子たち人間側の攻撃に恐れる様子を見せる者が大半で、残りのほんの少しが果敢にも智香子たちに対抗してこようとする。

 次々と倒れていく仲間の姿を目の当たりにし、恐れおののき逃げ惑う、大勢のエネミーを見て、智香子は、

「人間と変わらないな」

 と、冷静に感じた。

 彼らエネミーの側から見れば、平然と大量殺戮を繰り返す智香子たちの姿は、それこそ怪物のように感じるはずだった。

 しかし智香子たちにしても、この場を生き抜いて迷宮の外に出るためには躊躇することなくエネミーを倒していかなければならない。

 さもないと、死ぬまでこの迷宮の中で暮らすしか選択肢がないからだ。

 サイズや細かい表面的な異同こそあるものの、行動自体は人間とさして変わらないエネミーたちを、智香子たちは効率的に殺していく。


 エネミーたちのペースを攪乱したのは〈スローター〉氏だけではない。

 世良月による投擲攻撃と智香子自身の〈ライトニング・ショット〉スキルも大いに貢献していた。

 智香子のスキル攻撃はあまり目立たなかったが、命中するたびにエネミーの体に長い得物が生えて血を吹き出す世良月の攻撃は、エネミーたちの戦意を効果的に喪失させていた。

 目の前で仲間たちが無残な姿になって倒れれば、最低でも怯む。

 たいていは、それ以上に怖じ気づいて逃げ腰になる。

 そんなところに黎や佐治さんなどの前衛四人組が突入し、そうして弱気になっていたエネミーたちを蹂躙する、というコンボがすぐに定着をしていた。

 エネミーたちの中には盾を持つ者も多かったが、ヒト型としては小柄な直立ネコ型は、盾を構えていてさえも佐治さんたちの攻撃を受け止めきることができず、そのまま盾ごと吹き飛ばされ、背後に控えていたエネミーごと粉砕される。

 たまに、遠距離攻撃を主体とする智香子や世良月を標的にし、〈隠密〉スキルで姿を隠して近づいて来る暗殺狙いのエネミーも出現したが、これは前例があったので〈鑑定〉スキルにより警戒していた智香子によって早々に発見され、〈ライトニング・ショット〉により身動きを封じられたところを別の人間により狩られる。

 杖や弓矢など、遠距離攻撃用のアイテムを持ったエネミーも、智香子や世良月は優先的に標的とし、早めに沈黙させた。

 相手の人数が圧倒的に多いこともあって、智香子たちは気を緩めなかった。

 これまで部活での経験から、数は力であるということをいやというほど強く認識していたからでもある。


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