第289話 罠?
智香子たち六人も、走り出した〈スローター〉氏を追いかけていく。
ここまでは今までの通りだったが、その途中で智香子は、
「ん?」
という、疑問の声をあげてしまう。
「なにかあった?」
隣を走っていた黎が、その小さな呟きを拾って確認してきた。
「おかしい。
っていうか、多分、今までにないパターンだと思う」
智香子は、慎重な口ぶりで答える。
「〈スローター〉さん、いつもの調子でエネミーを減らしているんだけど、その勢い以上にエネミーの数が増えている」
〈察知〉スキルで拾える情報を素直に解釈すると、どうもそういうことになるらしいのだ。
「え!」
佐治さんが、大きな声をあげた。
「じゃあ、急がなくちゃ!
いくらあの人でも、大勢に包囲されたらたまったもんじゃない!」
「罠にかかったっていうこと?」
香椎さんが、智香子に訊ねる。
「待ち伏せ、とか?」
「そこまではわからないけど」
智香子は素直に答えた。
「ただ、途中で、それまでに反応がなかった群れが合流してきて、結果として〈スローター〉さんはエネミーに包囲されている」
「遠く離れた場所にいる仲間と、連絡を取れるようなスキルかアイテム。
そんなものがあれば、そういうこともできるかな」
黎が、静かな声で語った。
「群れを二手に分けて、こちらがそのうちのどちらかに引っかかったら、すぐに合流してくるとか」
「知能が高いエネミーというのは、確かに厄介だな」
佐治さんが、吐き捨てるような口調でいった。
「〈スローター〉さん、押されている感じ?」
「今のところ、余裕はあると思う」
智香子は答えた。
「エネミーが減る速度は、かなり早い。
包囲したはいいけど、手が着けられないって感じかな」
「まだなにか、妙な作戦を考えているかも知れない」
黎がいった。
「どっちにしろ、一刻も早く合流する方がいいね」
さらに数分後、智香子たちは〈スローター〉氏に合流した。
その場は、一言でいえば修羅場だった。
孤軍奮闘といえば聞こえはいいが、包囲されているはずの〈スローター〉氏が一方的に直立ネコ型のエネミーを蹂躙しているように見える。
「ああ」
佐治さんが、呟いた。
「これは、迂闊に近づけないや」
〈スローター〉氏の様子は、壮絶の一言に尽きた。
周囲の空気が歪んでいる。
どうも、〈スローター〉氏の体の周辺が、高熱を発しているらしかった。
迂闊に近づいたエネミーの毛皮が、あっという間に焼けて発火している。
「あれも、なにかのスキルかな?」
黎が、疑問の声をあげる。
「〈憤怒の防壁〉ですね」
世良月が、即座に教えてくれた。
「あのスキルは使用者にもダメージが来るので、滅多に使わないはずですが」
「近づくだけで発火するくらいの高熱だからなあ」
佐治さんが、いった。
「そりゃ、中の人にもダメージくらいはあるだろう」
その〈憤怒の防壁〉というスキルを継続的に使用しながら、〈スローター〉氏は例の長大な槍を振り回していた。
その槍は、周囲に青白い火花を纏っている。
少し前に説明された、〈いらだちの波及〉とかいうスキルも使用しているらしかった。
高速で〈スローター〉氏の体の周囲を回っている槍、その周辺をかすめただけでも、近くにいたエネミーに電撃があたって感電させる。
動かなくなったエネミーは、もちろんすぐに〈スローター〉氏の手によってとどめを刺された。
異名である〈スローター〉そのままの働きを、〈スローター〉氏はこの場で演じていることになる。
智香子たちはそんな様子を目の当たりにして、内心で気圧されていた。
これまで〈スローター〉氏は、それなりに手加減してきたのだな、と、そう悟る。
「とりあえず、攻撃しましょう」
世良月がそういって、自分の〈アトラトル〉を構える。
「師匠ひとりに任せっきりにしていていいはずがありません」
「ごもっとも」
佐治さんはそういって、自分の武器を構えた。
「わたしらが手伝う必要はないと思うけど、それとこれとは別だよね」
さっき分けた、エネミーたちが使っていた槍を構えている。
どうやらこの機会に、使い心地を確認してみるつもりのようだ。
智香子も無言のまま、手近なエネミーから連続して〈ライトニング・バレット〉のスキルを叩き込んでいく。
他の松濤女子の子たちも、そもままエネミーの群れに向けて殺到した。
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