第282話 戦闘継続力

 香椎さんと一年生二人に続いて、智香子たち三人も一時間ほどの仮眠を取る。

 智香子たちがそうして休んでいる間も、〈スローター〉氏はどうやらエネミーの動きに注意を払っているようだった。

 自然体で立っているだけ、のように見えたが、あれで〈察知〉などの感知系スキルを常時使用した状態なんだろうな、と、智香子は推測する。

 そして、なにか変化があれば即座に対応できるよう、身構えている。

 短時間ならばともかく、何時間もそうした状態を持続していられるのは、智香子にはちょっと考えられない。

 心身両面において負担が大きすぎるからだった。

 やっぱり、男の人ってタフなんかな。

 硬い床の上に体を横たえながら、智香子はそんな風に思った。

 それとも、〈スローター〉氏という個人が特別にタフなだけなのか。


 目を閉じた、と思った次の瞬間には揺り起こされた。

 どうやら、智香子も体を横たえてすぐに寝入っていたらしい。

 自覚している以上に、体は疲弊している。

 そう思った智香子の判断は、どうやら間違ってはいなかったようだった。

 この調子で、無事に娑婆まで出られるのかなあ。

 ふと、智香子はそんな疑問に捕らわれる。

 仮眠はあくまで仮眠であり、こんな硬い床の上で一時間ほど寝ただけでは、体感としてあまり休んだような気がしない。

 それどころか、硬い床の上で寝ていたせいか、体中の関節が前よりも硬くて動きにくくなったような感触があった。

 智香子は起きあがった直後から軽く手足をゆらして、簡単なストレッチをはじめる。

 いざというときにまともに動けないと、かなり困ったことになる。

 今は、そういう状況なのだ。

「もう少し、休む?」

 そんな智香子たちに、〈スローター〉氏が声をかけてくる。

「長期戦になりそうだから、無理はしない方がいい。

 疲れはできるだけ取っておいて」

 そういわれてもな、とか思いつつ、智香子は仲間たちと顔を見合わせて視線を交わし合った。

 全員が前後して頷き、智香子が代表して、

「もういいです」

 と答える。

「先を急ぎましょう」

「そう」

〈スローター〉氏は抑揚の少ない口調で、そういっただけだった。

「近い順から、エネミーの群れがいる場所まで案内する。

 今のところ、エネミーを倒しながらこの階層を虱潰しに探索していくしか、やることがない」

 一見消極的なようだったが、スキルのロックが解除される条件がわからない以上、階層をひとつひとつ踏破して上の階層に続く階段を見つけるしかなかい。

 エネミーのことを無視して上に続く階段を探すことを優先してもよかったが、特定のエネミーを倒すことがスキルのロックが解除される条件であるかも知れなかった。

 結局はエネミーも見つけ次第片端から倒していく方が、より速く迷宮から脱出できる可能性が大きくなる。

 迷宮が設定したルールを、智香子たち探索者側が知る方法はない。

 この前提がある以上、智香子たち探索者としては実現可能な方法を片っ端から試していくしかない。

 普段、智香子たちは〈察知〉系のスキルでエネミーの居場所だけをピンポイントで追い、倒すだけ倒して〈フラグ〉スキルにより帰還する、という行程を繰り返している。

 無駄に迷宮内をうろついても、得るところがまるでないからだ。

 その無駄な行為を、今回は迷宮に強制されている形であり、このことも智香子たちを疲弊させる大きな原因となっていた。


 それからも智香子たちはエネミーを狩り続けた。

 ほとんどはカエル型だったが、たまに例の、直立歩行したネコのようなエネミーとも交戦する。

 どちらの場合も〈スローター〉氏が真っ先にエネミーの群れにとりつき、その上で攪乱してくれるので、少なくとも智香子たちが組織的な抵抗に遭うことはなかった。

 カエル型はともかく、ヒト型である直立ネコは武器もスキルも普通に使う。

 本来であれば、少なくとも智香子たちだけならば間違いなく苦戦し、場合によってはこちらが全滅の憂き目にあうことさえ十分にあり得た相手だったが、〈スローター〉氏がエネミーたちの注意を引きつけて翻弄し、智香子たちでも苦戦することがない状況を作ってくれた。

 場慣れしているんだよな。

 と、智香子は〈スローター〉氏についてそう思う。

 多彩なスキルと武器を使い分け、使いこなし、なにより、エネミーに対して怯むことがなく、果敢に向かっていく。

 手慣れているなと、智香子は素直に感心をする。

 なにより、疲れやすい智香子たちと違って、一貫して同じテンションを保ち続けている。

 戦闘継続力、ともいうべき能力が、智香子たちと段違いに思えた。

 なにしろ〈スローター〉氏は、頻繁に休憩を取る智香子たちとは違い、異変が発覚してからまともに休憩していない。

 にもかかわらず、少なくとも表面的には、疲弊しているようには見えなかった。


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