第281話 仮眠
〈スローター〉氏は頻繁に小休憩を取って智香子たちを休ませ、その間に飲食するように勧めた。
「月ちゃんに聞いたところだと、君たちはあまり長時間迷宮内に留まることはほとんどないようだから」
そして、その理由をそう説明する。
「多分、自覚している以上に心身が消耗している状態だと思う。
水分や食料、休養を十分に取っていないと、いざという時に動けなくなる」
普段から長時間プレイをしている人がいうだけあって、説得力があった。
智香子たちはこの〈スローター〉氏とは違い、自分の限界を試すような探索は普段からしていない。
そうしたやり方は、安全マージンを多めに取る松濤女子のやり方とは、明らかに相反する。
智香子自身の感覚としても、自発的にそんな危ういやり方を選択したいとはまったく思わなかった。
つまりは、こういう非常時でもなければ、ということだが。
「参ったなあ」
と、〈フクロ〉の中に備蓄していたチョコレートバーを咀嚼しながら智香子は考える。
想像していた以上に、キツい。
長時間、迷宮に潜ってエネミーの相手をすることが、だ。
〈スローター〉氏が率先して動いてくれているので智香子たちの負担は、実はそんなに多くはない。
そのはずだったのだが、実感として、少し前から確実に自分の反応が遅れがちになっていることに、智香子は気づいていた。
これは智香子ひとりの傾向ではなく、〈スローター〉氏を除く全員、六人に共通する傾向で。
「体と頭、それぞれに」
確実に、疲労が蓄積されているんだろうな、と、智香子は推測する。
〈スローター〉氏が頻繁に、それこそほとんど一回の戦闘が終わるたびに智香子たちを休憩させえているのは、智香子たち六人が揃って全面的に使えなくなる時期をできるだけ遅らせるため、だろう。
智香子たちに気を遣っている、ということあるのだろうが、それ以上に、まともに動けなくなった六人を〈スローター〉氏ひとりだけで護衛するのは、ほとんど不可能なことだからでもある。
少し考えた末、智香子は自分から〈スローター〉氏に提案することにした。
「あの」
智香子は、智香子たちに背を向けて周囲を警戒している〈スローター〉氏に声をかけた。
「この状況を打開するあてがないのなら、今のうちに交替で仮眠を取っておいた方がよくはないですか?」
「今のうちに?」
〈スローター〉氏は、ヘルメットに包まれた頭部だけを智香子の方に向けて、訊ね返す。
「もう少し先に、そう提案するつもりだったけど」
「まだ余裕があるうちに、やっておいた方がいいかと」
智香子は、そう続ける。
「つまり、わたしたちに、っていうことですけど」
「そう」
〈スローター〉氏は、意外にあっさりと頷いてくれた。
「では、任せるよ。
その、半分ずつ、一時間交替で仮眠を取ってくれるかな?」
〈スローター〉氏自身は、こうした長時間の探索に慣れているし、智香子たちよりもよほど余裕がある様子だった。
先に智香子たちをリフレッシュさせ、〈スローター〉氏が仮眠を取るとすれば、さらにその先にした方が安全だろうな。
と、智香子も思う。
智香子は松濤女子の仲間たちに声をかけ、一年生の二人と香椎さんを先に休ませることにした。
二年生四人のうちで、香椎さんの動きが目に見えて鈍っていたように、智香子には思えたからだ。
智香子自身の動きについて客観的に判断ができるわけもなかったし、妥当な順番かどうかはわからなかったが、いずれにせよ全員が交替で仮眠をする。
順番は、どうでもいいようなものでもあった。
先に休むようにいわれた三人は、
「こんな時に眠れるかなあ」
などとぶつくさいいつつも、いざ迷宮の硬い床に横になると、速攻で寝息を立てはじめる。
智香子が推測をした通り、本人が自覚している以上に疲弊しているようだった。
「よく気がついたね」
三人が寝入ってしばらくしてから、黎が智香子に声をかけた。
「こんな、仮眠を取ることなんて」
「長期戦になるってわかっているし、みんなの動きが鈍くなっていることにも気づいたからね」
智香子は簡単に説明する。
「だとしたら、早めに休んでおいた方がいいでしょ」
「さらっといってくれるなあ」
佐治さんが、こちらに背中を向けている〈スローター〉氏の方を軽く示して、そんな感想を述べる。
「説明されると、それ以外にないって思えるんだけどさ。
でも、そういうこと、自分で思いついてあの人に提案できる子って、そんなにいないと思うんだよね」
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