第280話 ロストに準じる

 アイテムのチェックを後回しにしたのは、迷宮から出ることを優先したからだった。

〈フラグ〉のスキルがロックされている今、迷宮から出る方法は二通り。

 階層をくまなく探して上の階層にあがる階段を見つけ、順番にひとつひとつ辿って自分の足で帰っていく愚直な方法。

 それか、あるのかないのかもよくわからない、スキルのロックを解除する条件を探してそれを満足させること。

 どちらの方法を採用するにせよ、時間はかかるはずだった。

 特に後者は、肝心のスキルのロック状態を解除する条件が智香子たちにはわかっていない。

 手探りで正解を当てようとすると、ほとんど際限ない試行錯誤が必要となる。

 前者の場合も、実行するとなると手間も時間もかなり必要となるはずであり、どちらにせよのんびりと入手したアイテムの品定めをしているような余裕はなかった。

 猫に近い外観をしたヒト型エネミーが所持していた装備品は、みな見るからに素朴な造りであり、アイテムとしての価値や実用性についても「そこそこ」のものでしかないだろう、という見極めがついていたこともあって、智香子たちはそのまま次のエネミーを求めて移動を再開する。

 エネミーを求めて移動し、エネイーを倒し、また移動する。

 そうした手順を繰り返しながら、今いる階層の形状を調べ、まだ足を踏み入れていない場所を選んで丁寧にマップを埋めていく。

「歩いた距離や方角を記録する」、いわゆるマッピングをする機能を持ったアプリをインストールした末端を〈スローター〉氏は所持しており、そのタブレットは世良月が持ちことになった。

 世良月は智香子と同じく〈フクロ〉のスキルを所持しているので、エネミーと遭遇した時は〈スローター〉氏から預かったタブレットを素早く収納して戦闘に移行できる。

 本気で走破しようとすると、たかがひとつの階層といえどもかなり広い。

 手際よく階層中を探して上の階層に出る階段を見つけるためには、ひとつひとつの手順に時間をかけず、素早くこなすことが必要だった。

〈スローター〉氏に先導されて移動して、そこにいたエネミーを全滅させてまた移動する。

 基本的にはそれを繰り返すしかない。

 そうして探し出したエネミーは、例のヒト型であることもあったし、カエル型であることもあったし、それ以外の、もっと浅い階層で出没するエネミーがポップしていることも珍しくはない。

 とにかく、〈察知〉のスキルにより感知したエネミーを求めて智香子たちは駆けまわり、片っ端から倒していく。

 戦闘についていえばは、不安はまったくなかった。

 ほとんどのエネミーはまず最初に〈スローター〉氏が出会い頭にほぼ壊滅させ、智香子たちはかろうじて生き残っていたエネミーを始末する。

 効率を優先すると、自然というそう形に落ち着くのだった。

 一回当たりの戦闘時間はごく短く、せいぜい数分といったところだった。

 ただ、智香子たち松濤女子組は、これほど長時間迷宮の中に滞在を続けた経験も、これほど立て続けにエネミーとの対戦を繰り返した経験もない。

 そのため、立て続けにエネミーと戦い、しかもそれがいつ終わるのかさえわからないというこの状況は、智香子たちにとっては心身両面において、かなりキツいものといえた。

〈スローター〉氏もそのことを理解していたので、エネミーとの戦闘の合間に頻繁に休憩を取り、飲食をするように勧めてくる。

 今回はいつ娑婆に、迷宮の外に出られるかすらわからない。

 持久戦を強いられている形であり、だとすれば心身が消耗することはできるだけ避けるべきだった。

 なにかと用心深い〈スローター〉氏はそのことも承知しており、そのため、智香子たちは疲労を感じる前に頻繁に休むことになった。


「もう三時間以上経過していますね」

 そんな休憩中、〈スローター〉氏から預かっていたタブレットの画面に目を落としながら、世良月がそういった。

「娑婆では、もう保護者に連絡が行っている頃かと」

「三時間、か」

 香椎さんは、そう応じる。

「そんなに長く迷宮内に居続けたことはなかったかな」

「もう、ロスト扱いになっているのかな?」

 佐治さんは周囲を見回して、誰にともなく確認をする。

「未成年者だからね」

 事情通の黎が、そう教えてくれた。

「三時間を超えていると、少なくとも保護者には連絡が行っているはずだけど」

 エネミーとの戦いが絶対に安全なわけではないことと同様、スキルがロックされるなど、一度迷宮の中に入ってしまえば、今回のような不測の事態はいつでも起こり得る。

 完全に不可抗力であり、智香子たちの選択でこうなったわけではないのだが、今迷宮の外で起きていることを考えると、智香子は少し憂鬱になった。


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