第279話 戦いすんで
「なんか、あっという間に片しちゃったな」
すべてが終わった後、佐治さんがそう漏らした。
「ほとんど、〈スローター〉さんがひとりで」
「圧倒的だった」
黎は、そう呟いた。
「最初のヒト型だからって、萎縮する暇もない」
「足手まといにならなくてよかった」
香椎さんは、そんな感想を口にする。
「あれなら、確かにわたしたちは遠目で見物していてもよかったかな。
実際、ほとんど戦力になっていなかったし」
「エネミーの中に〈隠密〉持ちがいる可能性、まるで考えていなかった」
そういう智香子の表情は、晴れやかなものではなかった。
「秋田さんが〈隠密〉持ちで、そういうスキルが存在することは知ってたのに」
「あれ?
秋田さん?」
〈スローター〉氏が、その言葉に反応する。
「〈ふかけん〉、城南大学の?」
「ええ、その秋田さんです」
智香子が返事をする前に、香椎さんが答えた。
「〈隠密〉持ちの秋田さん、って、そんなに大勢いるわけでもないか」
「君たちも知り合いか」
〈スローター〉氏は、素直に驚いていた。
「探索者の社会も、広いようで狭いな」
「知り合いもなにも、〈ふかけん〉の葵御前、この子の親戚ですから」
佐治さんが黎のヘルメットに手を置いて、説明する。
「葵御前、っていってもわからないか。
藤代葵って人」
「ああ、藤代さんの!」
〈スローター〉氏は、少し大きな声を出す。
「なんというか、奇妙な縁だなあ」
「それよりも師匠、戦利品はどうしますか?」
世良月が、〈スローター〉氏に声をかけた。
「ヒト型は、装備用のアイテムを持っていることが多いて、以前にいってましたが」
「ああ、全部回収して君たちで使ってくれ」
〈スローター〉氏は、即座に答えた。
「おれが持っているよりも、有効に使えるはずだ」
気前がいい、というよりは、今の〈スローター〉氏にとって、このレベルのエネミーが所有している程度のアイテムは魅力がないんだろうなと、智香子は推測する。
このヒト型エネミーが、〈スローター〉氏が振るっていた〈槍〉以上に強力なアイテムを持っていたとは、到底思えなかった。
「ねえねえ、鳴嶋さん」
柳瀬さんが、その〈スローター〉氏に近寄って声をかける。
「わたしも師匠って呼んでいいですか?
さっきの叫び声、途中からなんか迫力が違ってましたけど、あれもスキルなんですか?
こう、背筋に寒気が走ったんですけど?」
「呼び方は、どうでも。
好きに呼んでくれて構わない」
〈スローター〉氏は、興味がなさそうな様子で答えている。
「あの声は、スキル。
エネミーを威圧して、動きを止めたり鈍くしたりするスキルだ。
最初はエネミーの注意をこちらに向けるために声を出していたけど、途中からスキルに切り替えた」
智香子たちが最初に経験したヒト型との戦闘は、こうしてあっけなく終わった。
しかし。
と、智香子は考える。
〈スローター〉氏が同行していない時に、智香子たちだけのパーティがあのエネミーの集団と遭遇したとしたら、智香子たちはまともに渡り合えただろうか?
まず、駄目だろうな。
と、智香子は即座に結論する。
あのエネミーの集団は、弓矢を所持していた。
さらには、〈隠密〉スキル持ちがいた。
他にも特殊な、智香子たちが知らないスキルを持ったエネミーがいた可能性もある。
ただ、〈スローター〉氏が真っ先にエネミーの注意を引き、その上で〈威圧〉のスキルでエネミーの動きを封じたから、あそこまであっさりと勝負がついたのだ。
もしも〈スローター〉氏がいなかったら、智香子たちは手持ちの装備とスキルで、正面からあのエネミーの集団と殴り合っていたはずで。
そうなると、こちらも無事では済まなかっただろうな。
と、智香子はそう予測する。
仮に全滅を免れることができたとしても、誰かが負傷、場合によっては死亡する可能性すらあった。
まだまだ、未熟だな。
自分を含めた仲間たちのことを、智香子はそう評価する。
「回収した装備品は、とりあえず〈フクロ〉にしまっておきますね」
そんなことを考えていた智香子の耳に、どこか脳天気な世良月の声が響く。
「ざっと見たところ、たいしたものはありませんでしたが。
詳しい検分は、娑婆に出てからということで」
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