第278話 戦闘

 速い。

 智香子たちは慌てて〈スローター〉氏を追う。

 角を曲がると、〈スローター〉氏がいかつい、ゴテゴテした穂先を持った槍を構えて、叫び声をあげながらエネミーの群れに突進しているところだった。

 エネミーたちは先行した〈スローター〉氏の姿にばかり気を取られて、智香子たちの存在にはまだ気づいていないように見える。

 エネミーたちはヒト型で、体自体は小さい。

 小学生高学年くらいの体格をした、直立した猫に見える。

 全身が毛皮に包まれているせいか、衣服は着用していなかった。

 ただ、突進する〈スローター〉氏の方を見て叫び声をあげながら、弓や杖などの武器をそちらの方に向けて騒いでいた。

 その様子は剣呑でまがまがしく、本物の猫から感じるような愛らしさは微塵も感じなかった。

 これなら、行けるかな。

 内心でそんな風に思いつつ、走りながら、智香子は〈ライトニング・バレット〉のスキルを連射する。

 武器を構えていたエネミーたちが〈ライトニング・バレット〉の直撃を受けて、次々と体を痙攣させながら倒れていく。

 体が小さい分、電撃の効きはいいようだ。

 それだけで致命傷になるかどうかまでは確認できないが、いずれにせよしばらく動けなくなるのならば、こちらとしてもやり易い。

 なにより、そうしてしばらく行動不能になったエネミーが増えれば、危険度は大幅に減る。

 ヒト型のエネミーということでもう少し罪悪感を感じるかと予想していたが、そんなことはなかった。

 智香子の思考はむしろ普段よりも冷静で、冴えているように感じる。

 背後から、鉄の短剣が次々と智香子の横をかすめてエネミーの方に飛んでいった。

 振り返って確認こそしなかったが、世良月による〈投擲〉攻撃だ。

 そのうちのいくつかはエネミーの体に直撃し、胸部や腕を貫いた。

 しかし、大半の攻撃は、前方に大きく盾を突き出したエネミーたちによって弾かれる。

 でも。

 と、智香子は思う。

 四分の一くらいは片付いたか。


「おおおおおおおおおおおおお!」

 突如、〈スローター〉氏が凄まじい大声を発した。

 それまでも大きな声を発していたのだが、今度のは迫力がまるで違う。

 味方である智香子たちでさえ、その場に立ちすくんでいまうような、背筋に寒気が走るような声。

 その大声に驚いたのか、エネミーたちはしばらくその場に棒立ちになって、動きを止めた。

 そこへ、異形の槍を構えた〈スローター〉氏が襲いかかる。

 まず、正面で盾を構えていたエネミーが数体、槍の直撃を受けて背後に吹き飛ばされた。

 直撃の衝撃により、構えていた盾ごと、体の一部分を破砕されている。

〈スローター〉氏はそのまま、ぶん、と、風切り音を発しながら〈槍〉を一旋させた。

 小さなエネミーたちが襤褸切れのようになって左右に吹き飛んでいく。

 え。

 と、智香子は戸惑う。

 その攻撃だけで、〈スローター〉氏はエネミーの半数以上を片付けてしまったのではないか。

 圧倒的な、攻撃力であり、〈スローター〉氏の実力は、智香子の想像を遙かに超えていた。

〈察知〉で確認しても、健在なエネミーはもう数えるほどしか残っていない。

「気をつけて!」

〈槍〉を振りかざしながら、〈スローター〉氏が叫んだ。

「〈察知〉に引っかからないエネミーがいる!」

 その言葉を理解するなり、智香子は〈察知〉のスキルを〈鑑定〉に切り替える。

 その直後、自分の背後、それもすぐ間近に、エネミーが接近しているのに気がついた。

 智香子はそちらに振り返ることもせず、背後に手だけを回して〈ライトニング・バレット〉を連射する。

 人間のものではない叫び声があがったと思ったら、すぐにそれは断末魔の叫びに変わった。

〈ライトニング・バレット〉の不意撃ちを受けて姿を現したエネミーに、まだ智香子のそばにいた香椎さんや柳瀬さんが殺到し、反撃をする隙も見せずに左右から叩いたのだった。

〈隠密〉スキル、か。

 その直後に、智香子は理解する。

 そういうスキルが存在する、という知識は、智香子にもあった。

 しかし同時に、実際にエネミーが〈隠密〉スキルを使って自分を狙ってくるということを、智香子は想像もしていなかった。

〈スローター〉氏が注意してくれなかったら、かなり危なかった局面といえる。


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