第277話 吶喊直前
智香子が先導していたそれまでとは違い、そこからは〈スローター〉氏が先導して移動することになった。
〈スローター〉氏は智香子たちの先頭に立って、迷う様子も見せずに進んでいく。
結構な早足で、ときおり背後を振り返って智香子たちがついて来れているのか、確認しながらの移動だった。
かなり移動してから、智香子はようやく自分の〈察知〉スキルでエネミーの存在を感知する。
やっぱり、累積効果の差は大きいな。
と、智香子は思った。
智香子の〈察知〉スキルは、ウサ耳型のアイテムによってかなり下駄を履いた状態であるはずなのだが、それでも〈スローター〉氏の知覚範囲の方が、圧倒的に智香子よりも広いのだ。
〈スローター〉氏が迷宮内で過ごす時間の長さを考えると、その程度の差は出て当然だと、智香子は思っていた。
それでも、彼我の実力差を見せつけられるのは、気分のいいものではなかった。
「この数だと、それなりに強いエネミーである可能性が大きいから」
エネミーの群れに近づいてから、〈スローター〉氏はそう声を出して智香子たちの注意を喚起した。
「気を引き締めて。
くれぐれも、油断しないように」
強い、おそらくはヒト型のエネミー。
実際に遭遇してみないことには、エネミーの正体はわからない。
だが、そういう前提で心構えをしておいた方が、智香子たちがミスを犯す可能性も小さくなる。
わざわざ口に出して注意したのは、つまりはそういう効果を狙ってのことだろう。
智香子たちのことを配慮して、というよりは、智香子たちが〈スローター〉氏自身の足を引っ張られることを警戒しているのかも知れなかった。
「多分、あそこの角を曲がった先にいる」
しばらく移動した後、〈スローター〉氏は足を止め、身振りで智香子たちも止めて、そういった。
「おれは先に突入して、エネミーたちを攪乱する。
それと同時に、できるだけ数を減らす。
君たちは、自分の身を守ること第一に優先した上で、それぞれの判断で動いて。
最悪、なにもしなくてもいい」
自分一人に任せて、智香子たちはなにもせず、傍観していても構わない。
と、いうわけだった。
一見して傲慢な物言いにも思えたが、〈スローター〉氏と智香子たちの実力差を考えると、〈スローター〉氏一人に任せる、というのも、決して悪い手ではない。
〈スローター〉氏は智香子たちの実力やスキル構成、得意な戦い方などについてほとんど知らない状態だった。
それでは連携して動くことなどできるわけもなく、半端に動いて邪魔をされるよりは、離れた場所で傍観して貰った方がよほどやりやすい。
それはそれで、〈スローター〉氏の立場からすれば、素直な意見であるといえた。
「自分たちでエネミーを倒しちゃってもいいんですよね?」
黎が、そんな言葉を吐いた。
「決して、足は引っ張りませんから」
かなり強い語調で、〈スローター〉氏のいい方に反発を感じていることが丸わかりだった。
「もちろん、構わない」
〈スローター〉氏は、黎の態度に気を悪くした様子もなく、素っ気ない態度で応じる。
「戦闘にかける時間は、短くなれば短くなるほどいい。
それだけ、不安要素が少なくなる。
ただ、自信がないようだったら手は出さないでくれ」
〈スローター〉氏は、別に傲慢なわけでも智香子たちを見くびっているわけでもない。
単純に、今の状況から最適解の行動を選択しようとしているだけだ。
まず慎重な意見を口にした上で、智香子たちの自主性も尊重している。
あるいは、黎のように反発することを前提にして、あえて煽るようないい方をしたのか。
いや、それはなさそうな。
智香子は、自分の考えを即座に否定する。
どうもこの〈スローター〉氏は、人づき合いを得意とするようなタイプには見えない。
そういう腹芸をするほど器用な人物には思えず、つまりは素直に自分の考えを表明しただけなのだろう。
「じゃあ、行くから」
短く宣言した直後、〈スローター〉氏は駆けだして角を曲がる。
それまでの速度とは比較にならない、もの凄い勢いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます