第283話 実験場

 基本的に〈スローター〉氏は静かな人だった。

 必要なことしかしゃべらないし、口調も平坦で感情が読みにくい。

 さらにいえば、ヘルメットにつけたフェイスガードを降ろしっぱなしだから、表情すらわかりにくかった。

 それでも特に困ることがなかったのは、単純に〈スローター〉氏が率先して動き、智香子たちがその時々になにをするべきなのか、迷う必要がなかったからだろう。

 コミュニケーションとは、結局のところ意思を疎通する行為であり、今智香子たちが置かれているような極端な状況では、無駄におしゃべりをするよりもテキパキと連携してこの状況に対処できるかどうか、という問題の方が重要なのである。

 その連携についても、基本的には〈スローター〉氏が行く方向を決めて進み、ほとんどのエネミーを単身で倒し、残りの智香子たちは〈スローター〉氏が倒し損ねたエネミーに対処するという構図がすっかり固まっていた。

 こんな状況では詳細な打ち合わせをする必要もなかったし、〈スローター〉氏の口数が多少少なくてもまったく支障はなかった。

 よくわからない人だな、と、智香子は改めて思う。

 経歴が浅い割には、探索者としての実力はある方だろう。

 たいして深い縁でもない世良月と、ときおりパーティを組んだりしている割には、特に世話好きというわけでもないらしい。

 事実、こうしている今も、智香子たちはこの〈スローター〉氏からお世話をされているという実感は持てなかった。

 無論、〈スローター〉氏は〈スローター〉氏で、安全に留意して智香子たちにとって最善と思える方針を定めて実行している。

 必要なことは漏れなくやっているのだが、いわゆるお節介な、距離感がないタイプの「お世話」とはだいぶニュアンスが違う。

 正直にいえば、智香子はこの〈スローター〉氏とどのような距離感で接すればいいのか、迷うことが多かった。


 一方、智香子たち松濤女子組の四人は、今回の探索において前例がないほど密度の濃い時間を過ごしている。

 そもそも、これほど長い時間に渡って迷宮に入り続けた経験がなかったし、その間に倒したエネミーの数、いいかえれば取得した累積効果の量もかなり大量だと、自覚ができるほどだ。

 その証拠に智香子たち六人は、今日だけでいくつかのスキルを新たに取得してる。

 緊張する時間が長く、心身への負担もそれだけ重かったが、気分は不思議と高揚していた。

 体が小さいカエル型エネミーについては、対処するのにも問題はなかった。

 カエル型に関していえば、攻撃が直撃さえすれば倒せる程度のエネミーであり、強いていえば、何度か直撃を食らうと、保護服越しにであっても、それなりのダメージになる。

 カエル型の体重自体はさほど重くはない。

 体が大きな者でも、十キロを超えない程度でしかなかった。

 しかし、跳躍力はそれなりであり、おまけにこのカエル型は額の部分に角が生えていた。

 普通は避けるなり叩き落とすなりするのだが、何体もが一度に多方面から飛びかかってくると、そのうちのいくつか体に当たる。

 丈夫な保護服を貫通して刺さるということはなかったが、尖った角が体重を乗せてぶつかってくると、普通に痛い。

 おそらく、内出血くらいはしているはずだが、智香子たちはその場で〈ヒール〉をかけあって対応していた。

 小型のカエル型でさえ、数が揃えばそれなりに苦戦するわけで、これが多彩な攻撃を駆使する直立ネコ型のエネミーともなると、おそらく、智香子たちだけでは到底対処できなかったはずなのだ。

 現在、智香子たちが健在であるのは、ひとえに〈スローター〉氏が率先してそうしたエネミーの大半を単身で倒してくれているから、だともいえる。


 無論、智香子たちにしても、一方的に〈スローター〉氏の働きに依存しているわけにもいかず、あくまで自分たちにできる範囲内でエネミーに対処しようと努めている。

 自分たちの武器やスキルを工夫して、少しでも効率よくエネミーを倒すよう、工夫と実験を重ね続けた。

 次々とエネミーの群れを撃破し続ける強行軍であったから、実験台に困ることはなかった。

 特に直立ネコ型のエネミーは、智香子たちがはじめて遭遇するヒト型のエネミーでもあり、その意味でも貴重な機会といえた。

 今の智香子たちの、手持ちのスキルと実力で、そのヒト型にどこまで通用するのか。

 実地にそんなことを試せる機会というのは、普通に部活をしているだけではまず訪れない。

 智香子たちは智香子たちで、〈スローター〉氏が倒し損ねたエネミーを相手に、様々なスキルの組み合わせやフォーメーションについて、試行錯誤していた。


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