第274話 異変
〈スローター〉氏は、つまり、エネミーの数を問題がないくらいに間引きした今の状態で、後の始末を智香子たちに任せ、実戦経験を積む機会を与えてくれているわけだった。
「ええっと」
智香子はその場で即答することができず、ざっと周囲の状況を確認してから答えた。
「ここはもう、わたしたちでも対処できると思います」
「では、少し離れます」
〈スローター〉氏は静かな声でそう告げて、直後に駆けだしてあっという間に姿を消した。
実際、カエル型エネミーの大半はすでに倒されており、生き残りのエネミーもほとんどが麻痺か負傷して、まともに動けない状況だ。
これから智香子たちが行うのは、エネミーとの対戦というよりは残務処理に近く、手間はかかるものの危険はほとんどない。
別の場所からエネミーの群れが近づいている以上、〈スローター〉氏が提案してきたように、ここでいったん別行動をするのは悪い考えとは思えなかった。
残ったカエル型を残らず始末し終えるまでに、さらに数分間を要した。
エネミーの側はほとんど抵抗らしい抵抗もできない状態だったが、智香子たちの手際が悪かったため、そこまで時間がかかったのだ。
〈ライトニング・バレット〉が命中して感電していた、あるいはなんらかの〈投擲〉スキルを受けて、身動きが取れなくなっていたカエル型を、六人で手分けをして一体ずつ始末していく。
たまに、見た目以上に健在で、飛び跳ねて体当たりをしようと試みる個体もあったが、手負いでありその勢いは弱く、智香子たちの誰でも簡単にたたき落とすことができた。
始末をするべき対象が大量に存在したので、智香子たちはなによりも効率を優先した。
具体的には、地面の上に転がって身動きができなくなっていたエネミーを、片端から踏み潰していった。
お世辞にも気分のいい作業ではなかったが、こうしないとこの戦闘が終わらない。
カエル型の血肉が保護服のそこここに付着し、六人全員が酷い外見になった。
おまけに、迷宮の掃除屋、スライムまでもが屍肉狙いで大量に発生し、生死を問わず地面の上で身動きができないエネミーを透明不定型な体で包んで消化をしまじめる。
智香子たちとしては、確実にエネミーの命を奪わないと経験値にならないわけで、途中からはそうしたスライムとカエル型を奪い合う、競争のような感じになった。
気が滅入る仕事だったから、その最中の六人はほとんどおしゃべりをしなかった。
六人は、黙々と手足を動かし続ける。
カエル型エネミーをすべて始末し、ポップしたアイテムもほぼ回収し終えた頃、姿を消していた〈スローター〉氏が戻ってきた。
「こちらは、異常なかった?」
戻ってくるなり、〈スローター〉氏は真っ先にそう確認してくる。
静かな口調だったが、どこか焦っているようにも聞こえた。
「異常は、特になかったと思います」
智香子は即答した。
「ところで、アイテムはどうしますか?」
「全部、そちら持ちでいい」
〈スローター〉氏は、心なしか早口になってそういう。
「それよりも、一度娑婆に戻ろう。
ちょっと様子が変だ」
「なにかあったのですか?」
智香子も、表情を引き締めて確認した。
「その、異常なことが」
「イレギュラーが出た」
〈スローター〉氏は、はっきりとした発音で答える。
「この階層には出てこないはずのエネミーだ。
それも、たくさん」
「強いやつ、ですか?」
即座に、智香子はその点を確認する。
「わたしたちでは、足手まといになるくらいに」
「実力差はともかく」
〈スローター〉氏は、そう答える。
「心理的な抵抗が強いと思う。
相手は、二本足歩行をする、いわゆるヒト型だ。
君たち、ヒト型の相手はまだしてなかったろ?」
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