第273話 問題点

 エネミーの体液を浴びながら智香子たち松濤女子組が奮戦している中、〈スローター〉氏は駆け回りながら着実にエネミーを減らしている。

 同じ遠距離攻撃でも、智香子や世良月とは違い、この〈スローター〉氏は高速で移動しながら〈投擲〉スキルを使用することができるようだった。

 しかも狙いはかなり正確であり、ほとんどの〈投擲〉がエネミーに命中している。

 これも、キャリアの差、なんだろうか。

 横目にそんな成果を確認しながら、智香子はそう思った。

〈スローター〉氏は、エネミーの群れの外周をぐるりと迂回しながら、着実にエネミーを間引いていく。

 数からいえば、〈スローター〉氏が始末した、あるいは動きを封じて無力化したエネミーの方が、智香子たち六人が対処したエネミーの数よりも、よほど多いくらいだった。

 この〈スローター〉氏の活躍がなければ、智香子たちはカエル型エネミーに包囲をされ、苦戦とはいかないまでも、対処するのに盛大な時間を必要としたはずでもある。

 普段、大人数でエネミーの相手をすることに慣れていた智香子たちは、自分たちだけでこれだけ多くのエネミーの相手をする機会を、これまでほとんど持ったことがなかった。

 大人数のパーティを仕立てることは、松濤女子伝統の安全策であったが、一人あたりの負担が減る分、離れする機会もそれだけ奪っている、という側面もある。

 人数が多くなれば一人あたりが得る経験値も少なくなるし、それにエネミーと対戦する機会も少なくなるわけで、松濤女子の方法論は安全を重視するあままり、そうした機会を奪っているという見方もできた。

 ただ、「学校の部活」としう枠組みの中で活動をする以上、こうした方針を堅持することは避けられないことだとも、智香子は思っていたが。

 その逆に、安全性をないがしろにして探索者としての成長を過度に重視する方が、どちらかといえば問題だった。

 だから、松濤女子の方針が間違っているとは思わないのだが、一年間迷宮に入って来た智香子たちは、その期間の割には貧弱な実戦経験しか持っていなかった。

 これまで智香子たちは最下級生であったわけで、その智香子たちがエネミーと対戦する前に先輩方が大半のエネミーを処分してしまっていることが多かった。

 智香子たち一年生は、あらかたの趨勢は決まった後の残務処理というか、まだ息があるエネミーにとどめを刺す、みたいな仕事をこなすことが、自然と多くなる。

 そんなわけで、智香子たちはこれだけ多くのエネミーを、自分たちだけで相手にする機会は、これまであまりなかった。

 スキルも累積効果も十分に育っていたが、場数を踏んでいないため手際が悪く、効率的に動くことができない。

 めいめい、勝手に動いて孤立した状態でエネミーの相手をしていた近接戦闘組の動きを見て、智香子はそんなことを考えていた。

 彼女たちは連携が取れていないうえ、個々人の動きだけを取りだしてみても、無駄な動きが多い。

 カエル型がいくら多くても、十分に対抗できるだけの実力を持っているはずなのだが、かなりの部分、本来の実力が空転している印象を受けた。

 今後の課題だな、と、智香子はそう思うことにした。

 少人数パーティでも、実力を発揮できるようにする。

 多様な状況に対応できるようになれば、それだけ安全にもなるわけで、松濤女子の方針にも適っているはずだった。


「ちょっといいかな?」

 しばらくして、不意に背後から声をかけられ、智香子は全身を硬直させて振り返る。

「この群れは、時間の問題だと思う。

 それより、少し離れた場所に別の群れが近づいてきているんで、おれはそっちにいって数を減らしておこうかと思うんだけど」

 いつの間に来たのか、そこには〈スローター〉氏が立っていて、ゆっくりとした口調で智香子にそう告げた。

「あ、はい」

 智香子は、反射的に返事をしていた。

「少し時間はかかるかも知れませんが、ここのエネミーはわたしたちだけで始末できると思います。

 でも、そちらは一人で大丈夫ですか?」

 口にした直後に、智香子は、

「馬鹿なことをいった」

 と内心で焦りを感じる。

 この群れだって、エネミーの半分以上は〈スローター〉氏が仕留めている。

 足手まといの智香子たちがいない方が、かえって早く片付いたのではないか。

「それは問題ないです」

〈スローター〉氏は、淡々とした口調で答える。

「このまま放置しておくと、こちらが全部片付く前にあの群れが合流して来る可能性もあるんで。

 そうなる前に、足止めくらいはしておこうかなと」

 足止め、程度で済めばいいが。

 と、智香子は思う。

 この〈スローター〉氏なら、一人だけでもエネミーの群れを壊滅させることも可能なはずだった。

 それも、さして時間もかけずに。


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