第270話 役割分担
迷宮内に出現するエネミーの種類は、階層ごとにほぼ固定されている。
とはいえ、あくまで「ほぼ」ということであり、例外的に別の階層に出現するエネミーがまったく存在しないわけではない。
そうした傾向をあまり過信しすぎると、後で大変なことになりがちなのだった。
迷宮内に大まかな傾向はあっても、それはあくまで経験則しか根拠がない程度の「傾向」でしかなく、完全に証明された「法則」ではない。
そのことを忘れて油断をし、「万が一」の事態を想定し、それに備えることを忘れた探索者は、いずれはロストする運命にある。
慎重さや用心深さを欠いた人間は探索者には向かず、無理に続けると命に関わる。
一般には、そういわれていた。
これまで探索者の間でソロで迷宮に入ることが忌避されて来たのも、一番大きな原因となっているのはこの認識になる。
「ええと、この中に〈察知〉が使える人、いるかな?」
そうした認識を覆した例外的な探索者、〈スローター〉氏は、迷宮に入るなり智香子たちにそう確認をしてくる。
「はい」
智香子は即座に手をあげた。
「〈察知〉スキルなら、生えていますが」
「そう」
〈スローター〉氏はわずかに頷いてから、そう続ける。
「じゃあ、君。
誘導役やって」
「……へ?」
思わず、智香子は間の抜けた声を漏らしてしまう。
「わたしが、ですか?」
「うん」
〈スローター〉氏は、今度ははっきりと大きく頷く。
「せっかくパーティを組んでいるんだから、役割分担しないと」
「師匠のスキルだと、捜索可能な範囲が広すぎて、かなり走り回ることになります」
世良月が、そう補足する。
「冬馬先輩のスキルに合わせて動いていれば、それだけわたしたちも楽になりますから」
「そういうことですか」
その言葉を聞いて、智香子は頷いた。
〈スローター〉氏が知覚できる範囲のエネミーを片っ端から狩っていくとなると、このパーティの行動範囲はかなり広くなってしまう上、そこを走り回りつつの連戦になってしまう。
智香子たちと〈スローター〉氏とでは、素の体力も累積効果で上乗せされた分を含めても、能力的には雲泥の差があるわけで。
この場合、〈スローター〉氏の基準で動くよりは、智香子たちの基準で動く方が、より無理がないのであった。
「では、ええと」
〈察知〉のスキルに意識を集中させた後、智香子はそういった。
「ええ。
一番近い群れは、こちらの方角になりますね」
「道、わかる?」
すかさず、〈スローター〉氏が確認をしてくる。
「うっすらとなら」
智香子は即答する。
〈察知〉と呼ばれるスキルも、人によってかなり見え方が違うらしい。
漠然とエネミーの位置だけがわかる場合もあれば、それに加えて迷宮内の道の形状まではっきりと見える場合もある。
そうして個人差が大きいスキルである以上、〈スローター〉氏がそう確認してくるのは当然といえた。
智香子がどもまで見えているのか、それを理解していないとフォローのしようもないのだ。
智香子の〈察知〉スキルでは、エネミーが存在する場所と、それに比較的に自分に近い範囲の道がどうなっているのか、だいたい把握できた。
エネミーがいる場所は見えているわけだから、そちらの方角に向かって進み続ければいい。
道の形状によっては遠回りになることもあるはずだが、いずれはエネミーと遭遇できるはずだ。
「じゃあ、そこまで案内をお願い」
〈スローター〉氏は、改めて智香子にいった。
「はい」
小さく頷いて、智香子は進みはじめる。
他のパーティメンバーは、その後に続いた。
責任重大だなあ。
と、智香子は思う。
智香子たち松濤女子の中に、〈察知〉のスキルを使える者は、智香子一人しかいない。
だからこの役割を、智香子以外の子に任せることは事実上不可能だった。
どうやら〈スローター〉氏は、こうした場合も強力なリーダーシップを発揮するタイプの探索者ではないらしい。
その〈スローター〉氏は、なにも持たないまま、パーティの最後尾に続いている。
〈フクロ〉のスキルは持っているはずだから、武器などは必要になった時に取り出すんだろうな。
と、智香子は推測する。
世良月がこれまで語った内容で判断すると、〈スローター〉氏は特定の武器に頼らず、状況を見てその場に最適な武器を使い分けて戦うタイプであるらしい。
素手という、一見して無防備な様子で歩いているあの様子は、どうやら〈スローター〉氏なりに警戒態勢を取っている姿であるらしかった。
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