第269話 合流
数日後、〈スローター〉氏はわざわざ〈松濤迷宮〉にまで出向いて来てくれた。
放課後、迷宮のロビーで〈スローター〉氏と合流した智香子たちは、世良月を除いて全員が恐縮している。
なにせ相手は、年間に億円単位の収益をあげているクラスの探索者なのだ。
本来であれば、智香子たちのような中学生の相手をしてくれるような人物ではないはずだったし、さらにいえばこうして〈松濤迷宮〉にまで呼び出していいような相手でもない。
今回の件は、智香子たちにメリットはあっても〈スローター〉氏にはまったくメリットがないのだ。
〈スローター〉氏がこうして協力してくれることを自明視するほど、智香子たちは図々しい感性を持っていなかった。
「いや、でも。
こっちはあくまで一人なわけだし」
当の〈スローター〉氏は、そんなことはまったく意に介していない様子で、ぼんやりとそんなことをいった。
「こういう場合、人数が多い方の都合に合わせるのは当然だと思うよ」
なんというか、聞いていて力が抜けてくるような、のんびりとした口調だった。
〈スローター〉氏は以前に見た時と同じく、合流していた時点で保護服とヘルメットを着用した完全武装状態だったので、相変わらずフェイスガードの中の表情はかなり読みにくい。
「でも、本当にご迷惑ではなかったですか?」
香椎さんが、〈スローター〉氏に尋ねた。
「迷惑?」
〈スローター〉氏は、首を傾げた。
「ほんのちょっと、ごく短い時間だけ同行するだけだしね。
迷宮なんて、どこの迷宮に入っても大きな違いはないし、移動の手間もそんなにかからない。
こういうの、特に迷惑と感じたことはないなあ。
それに、アドバイザーの人にも同業者との繋がりは大事にしておきなさいって、普段からいわれているんで」
「同業者、ですか?」
今度は、智香子が首を傾げる番だった。
「わたしたち、仕事ではなくて、あくまで部活として探索者をやっているんですけど」
「個人的な動機は、どうでもいんだ」
〈スローター〉氏ははっきりとした口調で断言した。
「君たちも探索者だということ。
その君たちに対して、なにかしらおれができることがあるということ。
これだけが、大事で。
部活で探索者をしていても、自然と他の探索者との繋がりはできるわけで、そういうのが大事だと。
その、アドバイザーの人にもいわれている」
考え考えしゃべるような、ゆっくりとした口調だった。
「そういってもらえると、ありがたいんですけど」
今度は佐治さんが口を開いた。
「扶桑さんの会社に協力していたり、〈スローター〉さんは案外、初心者の育成に熱心な人なんですね」
智香子たちなど、この〈スローター〉氏と比較すれば、確かに初心者のようなものだった。
「育成っていうより」
〈スローター〉氏は、そう応じた。
「ああ。
こっちも、ここまで来るのに苦労をした口だから。
その手の手間をいくらかでも軽くできるんなら、相手が誰であれ協力をする価値はあるよ」
自分がしてきたような苦労を、他の人には味合わせたくない。
というのが、この〈スローター〉氏のスタンスのようだ。
世良月の要請に可能か限り応じているのも、どうやらこういう気持ちかららしい。
智香子たちにとっては、実にありがたいことといえた。
一方で、
「この人、無差別に親切すぎないかな?」
という疑問も、智香子の中に湧いてきたが。
探索者としての実力はともかく、それ以外の基本的な性格として、この人は少しお人好しすぎないだろうか?
「ええと、時間はどうする?」
会話が途切れたところで、〈スローター〉氏は顔を世良月の方に向けて問いかけた。
「とりあえず、四十五分ほどで様子を見ましょう」
世良月はそういって取り出した自分のスマホを操作する。
「多分、体力的に見ても、一時間は保たないと思います」
どうやら、タイマーをセットしているようだった。
「そうか」
〈スローター〉氏はゆっくりとした動作で頷いた。
「疲れたら、いつでもすぐにそういって。
すぐに中断して、一度娑婆に帰るから」
「師匠のペースに合わせていたら、時間が来る前にギブアップすると思います」
世良月がいった。
「階層はどうします?」
「みんな、大型のエネミーはあまり相手をしたことがないんだよね?」
〈スローター〉氏は、ぐるりと顔を巡らせてそう問いかけて来た。
智香子たちがそれぞれ頷いたのを確認してから、
「では、ツノガエルが出る階層にしよう」
という。
「カエル型か」
佐治さんが小さく呟いた。
「うちの学校では、その階層にはほとんど行かないよね」
「あれ、苦手な子も多いからね。
その、生理的に」
黎が、そういう。
「実はわたしも、あんまり好きではないんだけど。
でも、耐えられないってほどでもない」
「じゃあ、今日はカエル狩りに行くってことでいいね?」
改めて、〈スローター〉氏は周囲にそう確認をした。
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