第265話 サバイバー

「かなりストイックというか」

 智香子は、そう結論した。

「自分自身を追い詰めることに抵抗がない人しか、あの人のやり方は真似できないんじゃないかな?」

「気分の問題も、だけど」

 佐治さんは、そう続ける。

「それ以上に、体にかかる負担が大きすぎる。

 柳瀬さんも指摘していたけど、いくら累積効果があるっていっても、あんな無茶な動きばかりしていたら、すぐに体のどこかしらに不調が出てくるよ」

「師匠、普段はもっと、〈投擲〉を多用したやり方をするんですけどね」

 世良月が、平静な声で指摘をする。

「特に、〈バッタ型〉みたいな小型のエネミーを相手にする時は。

 今日はたまたま、観衆がいたので近接戦を選んだみたいですが」

「ああ」

 佐治さんが頷いた。

「なんかの間違えで、わたしらに流れ弾が行かないように、か。

 でも、それにしても……」

「あの人に〈鑑定〉使ってみた?」

 香椎さんが智香子の方に顔を向けて、そういった。

「〈鑑定〉で見てみたけど」

 智香子は、静かに告げる。

「習得しているスキルが多すぎて、すべてを確認することは出来なかった」

 特にあの人は、〈キラー〉とか〈難敵〉などと表示される、特定のエネミーにのみクリティカル攻撃になる確率が増大する、いわゆる〈称号系〉のスキルをやたら習得していた。

 数が多すぎて、短い時間ではそのすべてを把握することもできなかったほどだ。

〈スローター〉の通り名は伊達ではないのだなと智香子はそう思い、それ以降、あの人のスキル構成を理解しようとすることを諦めた。

「スキルの数が多すぎる、って」

 柳瀬さんが、ぽかんとした表情をした。

「どんだけ?

 うちの先輩方でも、せいぜい……」

「まあ、二十とか三十前後だよね。

 多い人でも」

 智香子は、そういって頷く。

「でもあの人の場合、軽くその十倍以上。

 下手をすると四桁のスキルを持っているかも知れない」

「四桁って、千以上ってこと!」

 佐治さんが、大きな声を出した。

「いや、そういう人もいるだろうけどさ。

 探索者歴が一年未満で、そこまでになった人って」

「異常」

 智香子は断言する。

「そういって悪ければ、かなり特殊な事例。

 普通ではないってことは、確か。

 だから、安易にあの人の真似はしない方がいい。

 本気で、そう思う」

 自分自身の身の安全を第一に考えれば、そういう結論になってしまうのだった。


「なんかいろいろ例外的すぎて、目眩がしてきた」

 香椎さんが、そういった。

「そうですかね?」

 世良月は、不思議そうに首を傾げている。

「師匠、あれで面倒見がいいところもあるんですよ」

「性格はともかく」

 佐治さんが、吐息をつきながらいった。

「探索者としての方針が、なあ。

 月ちゃんも、よくもあんな人に師事をしようと思ったもんだ」

「かなり独特な人であることは、否定のしようもありませんけど」

 世良月は、そういう。

「それをいったら、専業の探索者なんてほとんど全員、変人揃いですし。

 あの人は、その中ではかなりマシな人なのです」

「……そうなのかも、知れないけど」

 香椎さんは数秒、なにかを思い返す表情をしてから、そういう。

「専業の人たちが変人揃いってことは、まあ本当。

 でも、それとあの人の方法がかなり危ないものである、ってことは、問題が別なわけだし」

「あれほど自分の安全を重く見ている専業探索者も、他にはいないと思うんですけどね」

 世良月は、平然とそういう。

「他の専業は、あくまで自分が知る限りでは、ですが。

 あの人よりもよほどいい加減で場当たり的ですよ」

「月ちゃん、知り合いに専業の人が多いんだっけか?」

 佐治さんは、そういって頷いた。

「それもまた、嘘とはいわないけど。

 でも、今比較されているのは、あの〈スローター〉さんの方法になるわけで」

「たぶん、前提からして違うのだと思う」

 智香子は、そう指摘をした。

「松濤のやり方に慣れているわたしたちの感覚では、あんな危うい、そもそもソロで迷宮に入るなんて考えられない。

 そういう先入観、固定概念がある。

 でも、あの人とか世良さんは、そうした常識に囚われることなく、ソロでやることを前提にして、その上で最上の方法を選択しようとしている。

 だから、はなしが噛み合わない」

 おそらくは、そういうことなのではないか。

 と、一連のやり取りから、智香子はそう結論していた。

 智香子たちは、迷宮に入る前に、最大限の努力をして、安全性を確保しようとする。

 あの〈スローター〉氏は、おそらくはなんらかの理由により、そうすることが出来なかった。

 その上で、最大限に自分自身の安全性を確保しようとして、結果として独自の方法論を確立するに至る。

 従来のセオリーから見れば、異形の、かなりいびつな方法ではあったが、実際に〈スローター〉氏が十分な実績をあげていることは、否定できなかった。

 あの人は。

 と、智香子は思う。

 探索者というよりは、迷宮内で自分一人が生き残ることに特化した、一種のサバイバーなのだ。

 あの〈称号系〉スキルの、非常識なまでの多さから見ても、それは確かなことのように思えた。



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