第264話 評価会

 扶桑さんの会社のパーティは、いつものように一時間も迷宮内に留まらず、それどころか実質三十分にも満たない短時間でロビーまで戻ってきた。

 まだ迷宮に慣れていない新人さんを、迷宮という環境に馴染ませるのが目的であったから、普段から短時間のうちに探索を終えて帰ってくるのが通例だったが、とりわけこの日は〈スローター〉氏がゲストであった、ということが大きい。

 彼が〈バッタの間〉のエネミーを一掃するのに要した時間は、他のゲストたちと比較しても短かった。

 それに、〈スローター〉氏の活躍を目の当たりにすることは、新人さんたちにとってはどうも刺激が強すぎたようでもある。

 みんな一様に、毒気の抜かれたような表情をしていた。

〈スローター〉氏が実演をした様子は、それだけ想像外の、人間離れをしたものだったのだ。

 智香子も、だったが、今回の実習に参加した新人さんたちは、熟練した探索者がどれほどのことができるのか、その実例を見せつけられて、その情報を自分の中で消化しきれないでいる。

 こんな精神状態のまま、迷宮内に留まっても得るところはほとんどなく、それどころか不注意による事故の原因にもなりかねない。

 そうそうに外に引きあげてきた扶桑さんの会社の人の判断は、決して間違ってはいない。

 智香子も、そう思った。


 ロビーで解散して扶桑さんの会社の人たちと別れ、智香子たちは校内に戻った。

「さっきの、どう思った?」

 そして委員会が使用している教室に入ると、すかさず佐治さんがそう訊ねてくる。

「どう、って」

 智香子は、少し考えた。

 さっきの、とは、つまりは〈スローター〉氏が〈バッタの間〉で実演したあれ、のことなのだろう。

 しかし、あまりにも漠然とした問いかけであり、佐治さんが具体的にどういう内容を知りたいのか、これだけでは不明だ。

「まあ、凄かったね」

 とりあえず、そう答えておく。

 凄かった。

 智香子がそう思ったことも、紛れもない事実だった。

「まあ、凄かったことは確かだね」

 黎が、冷静な口調でいった。

「専業の、名が通った探索者って、ああいうこともできるのかと感心したよ。

 それは、間違いない」

「あの動きから判断すると」

 香椎さんが、指摘をした。

「累積効果でいえば、うちの先輩方よりも、ずっと大きく稼いでいるのでは?」

「だろうねえ」

 佐治さんが、その言葉に頷いた。

「でもあの人、確か探索者として活動を開始してから、まだ一年にも満たないはずじゃあ」

「単純に、活動期間だけを比べてもしょうがないよ」

 智香子はいった。

「ソロで、つまり経験値を独占する状態で、一度に何時間も迷宮に入り続ければ。

 まあ、理論上は、短期間のうちのあれくらいになることは可能だと思う」

「その口調からすると」

 黎は、智香子の顔をまともに見ながら、そういう。

「チカちゃんとしては、そういうやり方にはあんまり感心していないんだ?」

「感心していないっていうか」

 智香子は、頭の中で的確な表現を少し探した末、そういった。

「うん。

 単純に、無茶だなあ、って。

 少なくとも、誰にもでもできる普遍的な方法ではないかな、って」

「だよねえ」

 佐治さんは智香子の言葉に頷いた。

「ソロで、ってなると、些細なミスでさえリカバーしてくれる人がいないわけで。

 そんな環境で、何時間も迷宮に潜り続けるなんて、ぶっちゃけ正気の沙汰とは思えない」

「メンタル面でも負担が大きいけど」

 柳瀬さんが、そう指摘をした。

「あのやり方、肉体的な負担もかなりかかっているでしょう。

 あの人、派手に壁とか天井とか使って三角跳びとかやらかしていたけど、あの勢いで着地とかしてたら、関節部にかかる負担もかなり大きくなるはずで」

「身も心も削って続けるような方法だよね、あの人のは」

 香椎さんが、そうまとめた。

「確かにあれでは、誰にも真似とか参考のしようがない」

〈スローター〉氏本人も似たようなことをいっていたが。

 と、智香子は思う。

 あの人のやり方は、かなり独特で、普遍的なノウハウにはなり得ない危うさがあった。

 多分、〈スローター〉氏の個人的な資質に負う部分が多く、他の人がすぐには模倣できない領域に入っている。



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