第262話 〈スローター〉氏のやり方
その本日のゲストである〈スローター〉氏が活躍する場は、例によって〈バッタの間〉だった。
〈バッタの間〉の前まで移動した智香子たちのパーティは、〈スローター〉氏だけを残してその場に足を止める。
智香子たち、随行して来た松濤女子の生徒たちは、扶桑さんの会社の生徒さんたちを囲む位置に立って周囲を警戒しはじめた。
そうした仕事が、智香子たちの役割だったからだ。
「ええと、冬馬さん」
扶桑さんの会社の人が、智香子を手招きした。
「あなた、いい具合に妙な育ち方をしているっていうことよね?
支援系のスキルばかりが育っているとか」
「ええ、まあ」
その人のそばまで移動して、智香子は頷く。
事実だったから、頷かないわけにもいかなかった。
「じゃあ、彼のやり方もよく見ておきなさい。
きっと、今後の参考になるから」
そういうものかなあ?
と疑問に思いながら、智香子は素直にその助言に従うことにする。
断るべき理由もなかったし、それに、扶桑さんの会社のパーティでは、基本的に扶桑さんの会社の人の指示に従うことになってもいた。
〈バッタの間〉は、一応閉鎖的な空間なのだが、面積からいえば学校の体育館よりも広いくらいだった。
そんな場所に無数の、数え切れないほどのバッタ型エネミーがひしめいている。
そんな空間に、〈スローター〉氏は少しも躊躇する様子も見せずにまっすぐに歩いて入っていった。
〈バッタの間〉に入る瞬間、〈スローター〉氏の片手が閃いて、半円状になにか、白っぽい軌跡を描いてその軌道上に存在したエネミーを一掃する。
え?
と、智香子は〈鑑定〉スキルを使用した上で、目をこらす。
なにが起こったのか、その一瞬では視認できなかったのだ。
〈フクロ〉からなんらかの武器を取り出して利用した、くらいのことは想像がついたが、動きが早すぎて詳細を確認することもできなかった。
ええと。
智香子は急いで、〈鑑定〉スキル経由でもたらされた情報を確認する。
〈九尾の鞭〉と、それに〈いらだちの波及〉、か。
前者が武器、おそらくはドロップ・アイテムの一種であることはすぐに察することができた。
しかし後者の、〈いらだちの波及〉については、武器なのかそれ以外のアイテムなのか、それとも智香子が知らないスキルの名称なのか、判断できない。
たぶん。
と、智香子は推測する。
付与術系に近い効果を持つ、スキル。
だと、思うんだけど。
〈スローター〉氏は一瞬も止まらずに動き続ける。
速い。
体全体の移動速度も、手足の動きも。
内心で、智香子が呆れるほどの勢いだった。
〈スローター〉氏の動きは、智香子が知る探索者の誰よりも素早かった。
智香子が知る探索者とは、つまりはほとんど松濤女子の生徒たちになるわけだが、智香子が知るどんな上級生よりも、〈スローター〉氏の動きは素早く鋭かった。
なに、これ。
目を奪われながらも、智香子は疑問に思う。
どう考えても、探索者になってからまだ一年にもならない人の動きではない。
この人は、こんな短期間のうちに、いったいどれほど膨大な経験値を蓄積してきたのか。
驚いたりするよりも、むしろ呆れる方が先に立つ。
つまり〈スローター〉氏は、ほとんど独力だけでかなりの無理を重ねてきた。
この動きは、そういうことを意味してもいるからだ。
パーティの人数を多めに設定してリスクを最小限にする、松濤女子の方法論とはほぼ真逆の方法論で生き抜いてきた探索者を、智香子ははじめて目の当たりにしたのだった。
〈スローター〉氏は、体の周囲に半円状の白い軌跡を残しながら、弾むような勢いで〈バッタの間〉の中を移動し続ける。
あの白っぽい光は、やはり〈エンチャント〉系スキルの一種なんだろうな。
と、智香子はその予想について確信を抱いた。
その白っぽい光に触れたエネミーは、例外なく焼け焦げた状態で地面に落ちていく。
よく見ると、細長い武器の周囲だけではなく、〈スローター〉氏の体全体がうっすらと同じような光に包まれていた。
瞬時にエネミーの体を焼くほど、なんらかの効果。
かあ。
これについても、智香子は驚くよりも呆れる感情の方が勝っていた。
そんなスキルだと仮定すると、それって、エネミーだけではなくそのスキルを使った〈スローター〉氏の方にも相応のダメージがあるのではないか。
あの光そのものが高温度である、というよりも、あの光に触れた途端に焼け焦げる。
と、そう考えた方がまだしも納得ができた。
ということは、あれは電気、なのかな?
智香子はそう推測する。
熱源自体を武器や体の周囲にまとう、よりは、そっちの方が合理的な気がする。
後で、本人に確かめてみよう。
智香子は推測することをそこで止めて、観察を続けた。
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