第251話 新入生、二人
毎朝のように一年生の各教室を回って筋肉痛用の湿布薬を配ったり、迷宮に出入りをする探索部のパーティを見守り、ドロップ・アイテムをチェックしたり。
基本的に委員会の仕事というのは、
「煩雑であり、誰もやりたがらないような雑務」
である。
そう断言してもいい。
そうした、実質雑用係である委員会になぜ志望者が相当数存在するのかといえば、これは前にも記述したように、
「委員会でしか得られない実務経験に価値がある。
そう判断する者が相当数存在する」
からだった。
普通の中高校生ではまず扱えないような多額の現金取引や一般企業との交渉などはわかりやすい例といえたが、それ以外にも、
「探索者としての見識を広げる」
こと自体を目的として委員会に入る生徒も、存在はする。
ただしこれは、智香子が知る限りかなりの少数派といえた。
そもそも、若い身空で、
「探索者として大成すること」
自体を目的に設定する人はほとんどいない。
危険を伴いながらも、確実に成功するとは限らない。
基本的に探索者の業務は、ハイリスクでありながら必ずしも相応のリターンが得られるとは限らない、かなり不確実な内容になる。
多くの探索者たちは、迷宮に入ることを、探索者を続けることを収入を得るための「手段」と考えているが、「目的」であるとは考えない。
真面目に「よりよい探索者になろう」などと、殊勝に思う探索者はほとんどいないはずだった。
智香子たちにしても、たまたま松濤女子の校内に迷宮があり、探索部という制度が確立しているから、部活であると割り切って探索者をしている。
そうした前提がなければ、自発的に探索者など、やろうとも思わなかったはずなのである。
しかし、委員会に入ってきた新入生のうち二人、世良月と柳瀬巡は、かなり珍しい例外に属していた。
「よりよい探索者になること」自体を目的として探索部に入り、委員会に所属することを希望したと、本人が明言している。
こういう例には、実は智香子にしてみても、はじめて接する。
気まぐれでなんとなく探索部に入った智香子とは、大違いといえた。
こういうのも意識高い系、とかいうのかな。
などと、智香子は呑気に考える。
自分自身の意識が低いことは、これはもう無条件に首肯できるのだが。
「とりあえず、探索者としてどこまでやれるものか、自分で確かめてみないと」
世良月は小柄な子で、低い声で訥々と語る。
「次の段階に進めない。
そんな気がするんです」
思うところはいろいろあるんだろうな、というところまでは、智香子にも推測はできた。
しかし、深い部分までは到底くみ取ることができない。
智香子の両親は迷宮とも探索者とも無縁の生活をしているし、迷宮でロストした肉親を持っているわけではないからだ。
世良月のいい分を理解するためには、かなり込み入った彼女の内情までを知った上で考察をするしかなく、智香子としてはそこまで深入りをする気がない以上、智香子としてはここで思考を停止するしかない。
「ええと、自分、こんな足になっちゃったからあ」
制服姿の柳瀬巡は、背が高くて細長い肢体をした子だった。
「普通の生活は、まあ無理かなと。
就職とか結婚ができない、とまではいわないけど、選択肢はかなり狭くなっているわけで。
でまあ、将来的に考えると、探索者としてやっていける技能は在学中に身につけておいた方がいいかな、と。
その、保険として」
割と深刻な内容を口にしているはずだったが、本人の口ぶりはかなりあっけらかんとしている。
多分、治療とかリハビリに専念していた一年間でよくよく考えた末、出した結論なのだろうな、と、智香子は想像する。
本人は淡々とした態度を保っているが、智香子自身と同じ年頃の子が、そう決意をしなければならない状況は、結構差し迫っているのではないか。
この二人に共通しているのは、いずれも込み入った背景を持っている子だ、という点になる。
「この二人、勝呂さんたちで面倒を見てあげて」
千景先輩は、素っ気ない口調でそう告げた。
「あなたたち四人も、そろそろ手伝いが欲しい頃でしょう」
それ、面倒そうな子をこちらに押しつけているだけなのでは?
智香子はそう思ったが、当の二人の前でその思いを口に出すことはできなかった。
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