第250話 柳瀬巡

「面白そうな子、いた?」

 普段智香子たちが使っている教室まで戻ると、黎がそんな風に訊いてきた。

「その、今日の一年の中で、っていうことだけど」

「世良さんと、あと、空手みたいなの使っていた子、かなあ」

 智香子はいった。

「面白そう、っていうより、その、他の子たちとは違うことをやってたから、目を引いたっていうだけだけど」

「ああ、素手で戦っていた子ね」

 佐治さんがノートパソコンを起動しながら、智香子の言葉に頷く。

「ええっと……ああ、柳瀬巡さん、っていうのか」

 委員会のサーバの中には、委員会に入った子たちのデータが入っていた。

 普通ならば一様に初心者用の保護服に身を包み、ヘルメットを被っていた新入生たちを見分けることはかなり難しいのだが、その柳楽さんの場合、他の子にはない身体的な特徴があるので特定するのは難しくはない。

「去年の三月、交通事故に遭って、治療とリハビリのために一年間の休学、か」

 その同じデータをタブレットで確認しながら、香椎さんはその内容を読みあげる。

「そのおかげで学年はいっこ下になったけど、本来であれば同期であったはず」

「ああ、不幸な」

 黎が、力が抜けた口調でそんなことをいう。

「でも、そういう境遇に負けずにあれだけ機敏に動けるのは、素直に凄いと思う」

「あれ、空手でいいの?」

 智香子は、疑問を口にする。

「そういうの、なんかやっている子だと思うけど」

「一口に空手っていっても、流派がいろいろあるからなあ」

 佐治さんは、のんびりとした口調でそういった。

「あの子、拳ではなく掌底をおもに使っていたから、どちらかというと空手よりも拳法の可能性が大きいような気がする」

「拳法」

 智香子は、その単語を鸚鵡返しにした。

「少林寺とか、太極拳とかの?」

「日本でメジャーなのは、それあたりだけど」

 佐治さんは、そう応じる。

「拳法にもいろいろな種類があるから、動きを見ただけでどの流派か特定をすることは難しいよ」

「気になるんなら、本人に確かめてみればいいだけのことでしょ」

 香椎さんは、そういう。

「この先、そうする機会はいくらでもあると思うし」

「それが一番早いかな」

 黎も、そういって頷いた。

「あの動きを見れば、そういうなにかをやっていたってことはまず間違いないし。

 片足を失うような怪我をしても、まだその競技を続けているって、凄いことだと思う」

「ただ、義足になっちゃうとなあ」

 佐治さんは、残念そうな口調でそういった。

「いくら練習しても、公式の試合には出られないだろうなあ」

「あ」

 智香子は、小さい声を漏らした。

「そういう問題も、あるのか」

「ある程度メジャーなスポーツなら、パラリンピックとか、ハンディキャップを持った人同士の公式戦もあるんだけどね」

 香椎さんは、そう指摘をする。

「競技人口が少ないマイナーな競技だと、そういう枠すらないし」

 事故に遭って、あれだけの怪我を負っているということ自体も重たいのだが、それに加えてさらにネガティブな境遇も用意されていた。

 柳瀬さんは、そういう状態にある。

「よく、負けなかったなあ」

 と、智香子は素直な感想を口にした。

「普通なら。

 もっと捨て鉢になっていても、全然おかしくない」

 あるいは、闘病期間中にいろいろとあったのかも知れないが。

 結果として、柳瀬さんは一年遅れで松濤女子に通い出しているわけで。

 それだけでも、かなり凄いことではないのか。

 と、智香子は思った。


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