第249話 迷宮から戻った後

 新入生たちの動きがそこそこシャープになって来たところで、引率役の先輩が今日の探索を終わらせると宣言した。

「体が軽くなったでしょ?」

 その先輩は、新入生たちに告げる。

「累積効果のおかげなんだけど。

 これで調子に乗っていつまでもやり続けると、明日の朝には全身筋肉痛で酷いことになるから。

 今日、帰ったら眺めにお風呂にでも浸かって、自分で手足をよく揉んでおくように」

 初日の慣らしとしては、こんなものだろうな。

 と、智香子も思う。

 この先輩がいう通り、適当なところで切り上げておかないと翌朝かなりつらい目に遭う。

 スポーツ経験者とかで普段から体を動かし慣れている子は別にして、そうでない子がいきなりこんなに運動したら、体の方が保たない。

 そのことを、智香子も去年の体験で知っていた。

 新入生たちがその言葉をどこまで真摯に受け止めたのかは、智香子には判断できなかったが。

 全員ヘルメットを被っている状態であったので、表情はかなり読みにくかった。

 ただ、ほとんどの新入生は、先輩が終わりを宣言した時点で、かなりバテているようだった。

 肩で息をしているような子も、決して少なくはない。

 そうした、バテている子たちは、正しく去年の智香子自身と同じ状態だった。


 全員で迷宮を出て、校内に戻る。

 一年生たちの足取りは重かった。

 まだ迷宮の影響圏ないから出たわけではないのだが、それでもエネミーとの戦闘を終えた直後で、かなり疲労を感じているらしい。

 引率役の先輩はそんな一年生たちに対して、

「今日はもういいから、シャワーを浴びて帰りな」

 と声をかける。

 一年生たちは足を引きずるような動きでぞろぞろとシャワールームの方に去って行った。

 何名か、少数ながらも平然と、普段通りに歩いている子もいたが。

 個人差は、当然あるだろうな。

 と、智香子は思う。

 運動をすることに慣れている子は、体力が持久力も自然とついているだろうし。

 ただそうした個人差も、時間が経つにつれてだんだんと小さくなるはずでもあった。

 それまで体育の授業以外、ほとんど体を動かす機会を持たなかった智香子でさえも、自然と迷宮内部で困らない程度の体力はついて来ている。

 結局、続けられるかどうかが、最初の分岐点になるのではないか。

 とも、思った。

 智香子の学年でも、最初の半年で探索部としての活動を辞める子は、それなりの割合でいた。

 詳しく統計を取ったりしていないが、入学時に入った子の二割から三割くらいは、その時期に辞めているのではないか。

 智香子の観測範囲内では、そんな印象を持っている。

 後はしばらく様子を見て、一年生たち自身の判断に委ねるしかない。

 もともと探索部には、兼部組を含めて多種多様な子が在籍している。

 そのせいかどうか、辞めようとする子を無理に引き留めようとする気風も特になかった。

 誰かに、

「探索部を辞めたい」

 と告げる必要さえなく、迷宮に入れる日時を部員用のSNSに入力をしなければ、ただそれだけで事実上、活動を停止することができる。

 辞めたり、あるいはしばらく中断して、一定期間を置いてから活動を再開したり。

 そうしたことが、比較的自由にできる空気があり、そのおかげで兼部組もそれぞれの都合で探索部としての活動を続けていられる。

 自由というより、放任。

 なんだろうな。

 と、智香子は、探索部のそんな気風について考える。

 自分のことは、自分で決める。

 そうしたポリシーが、一貫している形であった。

 現実的考えて、探索部員は人数が多すぎるから、そうした、何事かを強制するような空気が醸成されにくい、という事情もあるのだろうが。


 シャワーで汗を流し、委員会が使っている教室に来た新入生たちに、智香子たちは筋肉痛用の湿布薬を多めに配る。

 委員会に所属していない子たちの分も、明日の朝から教室を回って配っていく予定になっていた。


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