第247話 慣れの問題
累積効果によって、身体能力自体が底上げされたとしても、その状態の体を操る感覚は、結局のところ自分自身が動いて慣れるしかない。
特に、迷宮に入りはじめた初期の段階では、自分で体を動かしてそのあたりの加減を掴むということは、かなり重要だった。
レベリングだけに頼っていただけでは、仮にスペック自体が底上げされたとしても、その性能を活用して探索者としてまともにやっていくことはなかなかできない。
体が動くようになっても頭の処理が追いつかない状態だと、エネミーを倒すどころか些細なことで怪我をしかねないのだ。
自分自身の反応速度に慣れる、というのは、これでなかなか重要だった。
慣れる、というよりは、累積効果を得た自分自身の能力を体感して、きちんと駆使できるようにする。
この工程は、早ければ早いほどいい。
だから新入生たちは、まずは自分自身でエネミーの相手をさせる。
これは、委員会のみならず松濤女子全体の伝統であったし、智香子たちも去年の春に、同じような過程を経ている。
無事にこの工程が済むと、今度は、
「動きがよすぎる自分の体に満足して、調子に乗って筋肉痛になる」
というお決まりの過程が待っているのだが。
とりあえず、今この段階では、新入生たちは多少の個人差はありつつも、徐々にエネミーを倒す生徒が増え始めている。
運動神経に個人差がある以上、早めにエネミーを倒しはじめる子とそうでない子の差は歴然として存在したが、一度エネミーを倒すことに成功した子は少しして二度目、三度目の攻撃をヒットさせていく。
第一階層に出没するエネミーは総じて小型であったから、攻撃さえ当たればそれだけで即死か、悪くしても動けなくなる。
そうして何度かエネミーを倒した子は、累積効果によって動きが鋭くなり、より効率的にエネミーを倒せるようになっていく。
この回想のエネミーは体が小さい代わりに群れ単位でわっと、大量に出てくる傾向があった。
今の新入生たちのように、もたもたして倒しきるのが遅れると、次から次へとエネミーの群れが寄ってきて、人間の姿がすっかり埋もれてしまうくらいになる。
もっとも、智香子たち上級生がそんな新入生たちの様子を少し離れた場所で見守っているので、いざという時にはすぐに救出することになっていたので、実際上の危険はほぼなかった。
そんな風にエネミーに取り囲まれている新入生たちは、自力で累積効果を獲得して、徐々に動きを鋭くしてエネミーを倒す速度をあげていく。
最初のうちこそ、エネミーに攻撃される一方であったが、時間が経つにつれてそのエネミーの密度も次第に薄く、まばらになっていった。
ほとんど新入生は先輩方の助言に従って、軽くて長いリーチを持つグラスファイバー製の棒を武器として使用していた。
ただこの棒は、リーチが長い分、パーティ内の仲間と適切な距離を取っていないと同士討ちになる可能性も出てくる。
軽いグラスファイバーが保護服を着用した人間に当たってもたいしたダメージにはならないのだが、それまでそうした武器を振り回した経験がろくになかった新入生たちはお互いに遠慮し合い、それが初期のもたつきの一因ともなっていた。
また、そうした長物を素人が振り回しても、なかなか素早く動くエネミーに命中するものでもない。
扱い慣れていない者がそうした長物を振るうと、自然と大ぶりな動作になる傾向があった。
そんな新入生の中で、一人例外的に、最初から機敏に動いて確実にエネミーを仕留めていた子がいた。
その子、世良月は、両手に短剣を一振りずつ持って、素早く最小限の動きでエネミーに当て累積効果を稼いでいる。
要領がいい、というか、おそらくは、知り合いの探索者から、なんらかの助言を受けているのだろうな、と、智香子はそう推測した。
世良月が使用している短剣は、よくポップするドロップ・アイテムであり、松濤女子がスクラップ置場として使用しているコンテナにでもいけば、誰でも持って来ることが出来る。
この最初の段階では、大ぶりになりがちな棒よりはそうした短剣を使う方が、効率的であるといえはいえた。
ただ、去年の今頃の智香子自身は、そうした工夫をするまでもなく、他の一年生同様、なんの工夫もなくグラスファイバーの棒を振るって盛大に空振りを繰り返していた口なのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます