第246話 新入生たちの通過儀礼

 第一階層に出没するエネミーはほとんど小型のものばかりであり、攻撃力もたかが知れている。

 普通に保護具を着用していれば、まともなダメージを負うことはまずなかった。

 ただ、

「エネミーの攻撃をさほど警戒する必要がない」

 ということは、

「そのエネミーを倒しやすさ」

 には、あまり結びつかない。

 エネミーからのダメージを受けることがほとんどなくても、探索者側の攻撃が当たらないと、いつまでもそのエネミーと対峙するしかないのだ。

 新入生たちの様子を見ても、盛大に得物を振り回して空振りをしている者が大半だった。

 早くも息を切らしている者も、少なくはない。

 武器を扱う時のモーションが大ぶりで、無駄と隙が多い。

 必要のない部分に力が入っていて、無駄に体力を消耗している。

 エネミーの動きに目も体もついていかないので、空振りをする回数が多くなる。

 スタミナがないので、すぐにバテる。

「わぁ」

 と、智香子は声には出さずにそう思った。

「一年前は、自分もこんなものだったんだなあ」

 と。

 多少の程度の差こそあれ、探索者になったばかりの初心者は、誰でもこんなものだと思う。


 今回の目的はあくまで、

「新入生たちを迷宮に慣らすこと」

 だったので、智香子たち上級生は周囲を警戒するだけで、エネミーには一切手を出さないことになっている。

 今は無様は様子を見せている新入生たちも、何回か迷宮に入り、エネミーを何体か倒せば自然と動きが洗練されるはずだった。

 智香子たち自身もそうであったし、他の上級生たちも、こんな状態を経験して今の状態になっているのだ。

 累積効果というものが存在する以上、自分でエネミーを倒すのが探索者として上達するには、一番の近道なのである。

 パーティに入って他のメンバーから経験値を分けて貰うことで基本能力のレベリングは可能であったが、それだけでは自分自身でエネミーに対処する感覚が身につかない。

 早い段階で、自分自身の手でエネミーを倒すこと、その上でいくつかのコツを掴むことは、意外に重要だった。

 体力や運動神経など、多少の個人差は存在したが、探索者になったばかりでいきなりエネミーを倒せる者は、そうそう存在しない。

 小さく非力であっても、エネミーは野生動物と同等以上の俊敏さを持っている。

 普通の人間がそのエネミーを倒すことは、たとえ小型のエネミーが相手であっても、かなり難易度が高いといえた。

 十回以上、武器を振るって、そのうちの一度くらい、まぐれで攻撃が命中すればどうにか倒せる。

 第一階層に出没する小型のエネミーであっても、初心者にとっては倒すのが難しい、ということになる。

 幸いなことに、そうした倒しにくいエネミーも、これだけ浅い階層では数だけはいっぱい出てくる傾向があった。

 コウモリ型にせよネズミ型にせよ、小型で弱いエネミーだけあって、群れで出現するものがほとんどなのだ。

 しかも、一度姿を現したエネミーは、探索者が倒さない限り、自分で姿を消すということは、ほとんどない。

 なぜかはわからないが、迷宮内に出没するエネミーは、執拗に探索者を攻撃し続けるという習性を持っていた。

 その習性を利用して、何度空振りしようとも、新入生たちには最後まで、自分たちだけの手で、エネミーを倒しきって貰うことになっている。

 去年の今頃、智香子たちが筋肉痛になったのも、多くはこの通過儀礼のおかげだった。


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