第245話 最初の関門
「うちの親は、そういうのなんにも遺さなかったなあ」
智香子と世良月の会話をすぐそばで聞いていた香椎さんが、そんなことをいい出した。
「保険とか遺産の管理人とかは、しっかり用意していたけど」
「いや、それさえやっていれば」
佐治がさんが、そういう。
「香椎さんまで探索者になるとは、普通は想定しないだろうし」
「まあ、そうだったんだろうね」
香椎さんは、その言葉に頷く。
「親父がロストした時、わたしもまだ小さかったし」
「何年くらい前?」
黎が、香椎さんに訊ねた。
「その、差し支えなければ、だけど」
「ああ、全然平気」
香椎さんは、気を悪くした様子もなく、いつも通りの口調で答える。
「もう、四年になるのかな。
わたしが小三の時」
「十歳以下か」
佐治さんが呟いた。
「それくらいの子どもが将来探索者になると思って、装備品を遺していく探索者はいないだろうね。
年齢もだけど、香椎さんは女の子だし」
「そういうことなんだろうね」
香椎さんはそういって頷く。
「家族が困らないように準備していただけでも、感謝をするべきなんだろうけど。
ただ、だったらなんで、いつロストしてもおかしくない仕事をいつまでも続けていただよ!
とも思う」
家族持ちの探索者も、いろいろと難しいらしかった。
「それはともかく」
佐治さんが、話題を変えた。
「そのアトラトルは、しばらく出番がないかな。
今日あたりは、新入生に合わせて浅い階層しか行かないと思うから」
浅い階層に出没するのは、ほとんど小型のエネミーだけだった。
アトラトルで狙い撃ちをするには的として小さ過ぎる。
実際的に考えると、小さくて素早く動き回るエネミーに対して大雑把なアトラトルで攻撃を命中させることは、かなり難しい。
そのはず、だった。
委員会に早速入るような新入生たちのうち、半分以上が、松濤女子の卒業生が身内にいるか、それとも香椎さんや世良月のように探索者の身内がいるのかのどちらかだった。
そうした身内に事情通がいる新入生たちはほとんど、程度の差こそあれ、世良月のように学外の活動として迷宮に入ってレベリングを経験している。
一方で、探索者としての資格を取ったばかりで、ほとんど探索者としての経験を持たない新入生たちもそれなりに存在するわけで、今の段階ではこの経験がほとんどない新入生を育てることを重視するべきだった。
なにをするにしても、累積効果はないよりはある方がいいに決まっている。
「とはいっても」
今回の引率役になる、最上級生の生徒がいった。
「ほとんど迷宮に入ったことがないような子を、いきなり〈バッタの間〉に連れていくのも意味がないからなあ。
まずはレベリングよりも迷宮に慣れることを重視して、今日は第一階層とか第二階層付近を適当にうろつく」
そうなるだろうな、と、智香子はその方針に内心で頷く。
まずは、迷宮という環境に慣れること。
レベリングその他は、それからゆっくりとやっていけばいい。
一番最初の段階で迷宮内の環境に慣れておかないと、それ以降になにを教えても身につかない。
特に、エネミーへの対処法は、自分で積極的に経験していかなければ、慣れることができないはずだった。
エネミーの動きに慣れることも重要だが、一見して普通の生命に見えるエネミーを自分の手で殺害できるのか。
まずそれが、最初の関門になる。
第一階層とかにポップする小型のエネミーから、順番に慣らしていくのは順当な方法に思えた。
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