第244話 探索者の資本

「その、アトラトル、だっけ?」

 智香子は訊ねた。

「ドロップ・アイテム、なんだよね?

 ってことは、特殊な効果とか、なにかあるの?」

「あるかも知れないけど、詳細は不明ですね」

 世良月は素っ気ない口調で答える。

「知り合いの〈鑑定〉持ちに見て貰っても、これといった情報は得られませんでしたし。

 母も、取説まで用意してくれたわけでもなかったので」

 つまり、しばらく使い続けていけば、なにかしらの特殊効果があると判明するこかも知れない。

 と、というわけだった。

 委員会の倉庫に死蔵されているアイテムがあることからもわかるように、ドロップしたアイテムの効能を最初から把握することは、実は難しい。

〈鑑定〉スキルは万能ではなく、アイテムについても詳細な情報が常に得られるわけではない。

 それどころか、〈鑑定〉で見通せるのは、どちらかというと既知の、すでに多くの人が知っている内容でしかない場合が多かった。

 過去にドロップして、なんらかの特殊効果を持っていることが判明しているアイテムを〈鑑定〉スキルで見ると、その情報が表示されることが多かったが、そうではない場合、つまり、目新しく、既存の情報が広まっていないアイテムを〈鑑定〉スキルで見ても、なんの情報も得られないことはほとんどだったりする。

 月が持参したアトラトルも、少なくとも智香子は、他に使っている探索者がいると聞いた記憶がない。

 扱いに難があることもあり、これまで常用している探索者も、ほとんどいなかったのではないか。

 と、智香子は推測する。

 なんらかの特殊効果を持っていたとしても、そうした情報が蓄積される余地というのがほとんどなく、従って正味の価値も明らかにされていない。

 そんなアイテムの一種、ということになる。


「それを使うのは別にいいんだけど」

 余計なお節介かな、と思いつつ、智香子は指摘をした。

「それ、単体では使えないよね?

 それで投げる槍代わりになる物は、用意しているの?」

「これを」

 世良月は、静かな声でそういって、自分の〈フクロ〉から鉄パイプを取り出した。

 長さは三十センチくらい、直径は二センチほどだろうか。

 その鉄パイプの側面に、いくつかの穴が空いている。

 このパイプを、アトラトルで投げるわけか。

 と、智香子はその場面を想像する。

 エネミーの体にこの鉄パイプが刺さった場合、側面の穴から血が流出するはずだ。

 どちらかというと、中型以上のエネミーに有効な武器になるかな。

 と、智香子は思う。

 にしても、この子、もう〈フクロ〉が生えているのか。

 とも、感心した。

「勢いよく投げれば、エネミーの体に刺さるかも知れないね」

 智香子は、そういった。

「勢いよく投げて、そして命中すれば、ですね」

 世良月は、抑揚のない口調でいった。

「ようやく〈投擲〉スキルが生えてきたので、それがうまく育てば威力は増すはずですけど」

 ってことは。

 と、智香子は思う。

 この子、入学した今の時点で少なくとも二つ、〈フクロ〉と〈投擲〉のスキルを生やしていることになる。

 なんか、凄いな。

 と、智香子は内心で感心していた。

 去年の同じ時期の自分は、なんにも考えずにのほほんとしていたぞ。

 身内に、いっしょに迷宮に入ってくれる探索者がいると、スタートダッシュからして差が出てくるらしい。

 もっとも、智香子にしても、探索部の他の生徒たちと探索者としての仕上がり具合を競う気はなかったので、それで焦るということもなかったが。

 こういうのも、文化資本というんだろうか。

 などとは、思った。

 あまり一般的ではないものの、その一種。

 では、あるんだろうけど。


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