第243話 アトラトル
剣の扱いを習得するのが難しいのと同様に、銃器類の使用も探索者の間では盛んではない。
スキルとは違い、消耗品である弾薬を持ち歩く必要があるという一点が、一番のネックになっていた。
そうした弾薬は、重いし嵩張るし、なにより遠距離攻撃用のスキルとは違い、消費するたびに費用を必要とする。
そうした実用的な観点から、銃器を常用する探索者はほとんどいない、といわれている。
さらにいえば、この国では銃刀法により銃器類の所持自体が困難であるという事情もある。
ただこの、
「探索者はあまり銃器を使用しない」
という通念も、一般論として正しいのだが、若干の例外はある、そうだ。
智香子はあくまで伝聞しか聞いたことがないのだが、国防軍や在日米軍が訓練に迷宮を利用することがあり、その際には普通に銃器を使用するという。
あくまで訓練の一環として迷宮に入るわけだから、エネミーへの対処も通常の実戦を想定して行うそうで、スキルなども極力使用せず、近代兵器を活用して対処するのだ。
と、智香子はそう聞いていた。
真偽のほどまでは智香子には判断できなかったが、
「そういうことはありそうだな」
程度のリアリティは感じる。
智香子自身、身近なレベルでいえば、
「銃器を使う探索者は、ほとんどいない」
ということを常識として理解していれば済むことで、改めて詳しく調べたことはなかった。
剣にせよ銃にせよ、実際に使う際にある程度の熟練を要する武器というのは存在するわけで、そうした使いこなすのが難しい武器は、松濤女子の中ではあまり好まれない傾向があった。
いや、銃器類はともかく、刀剣類はアイテムとして迷宮内で普通にドロップするので、普段から携帯して使用している生徒も多いのだが、そのほとんどは「手近な得物」として使っているだけであり、本来の機能やスペックをとことん引き出す感じで使用しようとする生徒はほとんどいない、というべきか。
なにしろ、探索部員として迷宮に入る生徒のうち、ほとんどが兼部組なのである。
武器の扱いひとつとっても、真面目に研鑽を積むような余裕はない、というのが本当のところだろう。
噂によると、刀剣類に限らず、扱いに習熟すると威力が向上する武器は、ドロップ・アイテムには少なくないそうだ。
ただ、そうした詳細情報は〈鑑定〉スキルにより引き出すことはできず、長い期間、実際に使ってみて実戦の場で確認してみるしかない。
そうした隠れた付与効果は、
「しばらく常用してみないと判断できない」
わけで、そのため、決して巧妙に使えるわけではない、刀剣類のドロップ・アイテムを使い続ける探索者は校内外を問わず少なくはなかった。
「月さん、それは?」
迷宮のロビーで、新入生が手にしていた見慣れない道具を目にした智香子は、そう問いかけていた。
「アトラトル」
世良月は、即答する。
「槍を投げるための器具、です」
「珍しいな」
智香子のそばにいた黎が、真っ先に反応する。
「日本ではほとんど使われなかったけど、世界的に見ると割とポピュラーな投射武器だ」
「そうなの?」
智香子は、首を傾げる。
「弓矢とか、もっと便利な飛び道具が発達すると、すぐに駆逐されちゃったけどね」
黎は短く解説した。
「扱いは難しいけど、弓矢よりは手軽に作れる。
だから広く使われたし、だけど命中率その他に難があったから、次第に使われなくなった」
智香子は、世良月が手にしていた武器をしげしげと見つめる。
武器、とはいっても、智香子の目には、それは奇妙な、用途不明の木片としか映らなかった。
「それも、ドロップ・アイテムなの?」
智香子は、世良月に訊ねる。
黎の解説によれば、その投槍器は、いうなればかなり原始的な武器、ということになる。
わざわざそんな代物を製造して使おうとする者は、ほとんどいないはずだった。
「ええ」
世良月は、あっさりと認めた。
「一応、母の形見です」
「なんかごめん」
智香子は、反射的に謝ってしまう。
「立ち入ったこといった」
「別に」
世良月は、特に気にしていないようだ。
「普通に、おかしいと思うはずですから。
こんな代物を持っていれば」
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