第242話 この年度でのはじめての迷宮入り
そんな状態だったので、年度が明けてから智香子たちが実際に迷宮に入るまで、かなり待たされることになった。
なにしろ委員会の仕事が慌ただしい日々だったので、それでも不満を感じることはなかった。
というより、不満を感じることができるような心理的な余裕さえなかった、というのが本当のところだろう。
それにこの年度からは、扶桑さんの会社との協働事業が本格的に開始されている。
去年度までと比べると探索部員の稼働率は何倍も増え、迷宮に入ることができる時間も、探索部員一人あたりで換算して十倍以上に増える計算だった。
扶桑さんの会社の人たちといっしょに迷宮に入る場合、迷宮内部での行動は自然と制限され、できないことの方が多いくらいになるのだったが、松濤女子の内部パーティで迷宮に入ってもそれほどわがままに、好き勝手に振る舞えるものでもなかった。
迷宮内部での行動は実質、パーティ単位の集団行動が基本になるわけで、不自由さという点ではどういうパーティとして活動しようとも「程度の差」でしかない、といういい方もできる。
どんなパーティであろうとも、迷宮内部に入ってエネミーを倒せば自身の強化は自然とできるわけであり、迷宮に入る時間が長くなる以上、どのような形であろうとも文句をいう者はいなかった。
探索者として強くなればなるほど、探索者としての余裕も増えるわけであり、迷宮内部での安全性もそれだけ高くなる。
多少、不自由な時間を過ごそうとも、むしろそうした累積効果の獲得の方に価値を置く部員がほとんどであったため、この点について文句をいって来た者はいない。
そうして探索部員たちが迷宮で過ごす時間が飛躍的に多くなるということは、つまりは探索者として、昨年度までよりも急激に成長をする部員が増える、いや、ほとんどになるということを意味するわけで、委員会としては初心者向けの装備の数を減らして、中級者向けから上級者向けの装備を増やすことで対応をしている。
昨年度までと比べると、初心者向けの装備を使用する期間がぐっと短くなると、そう予測しているからだった。
そのような経緯により、智香子たちが迷宮に入る順番が回って来たのは、四月の終盤、ゴールデンウィークに突入する直前になってしまった。
智香子たちだけではなく、委員会に所属する生徒たちはほとんど、まだ年度が改まって以来、自分では迷宮に入っていない。
ただ、この頃になると新入生を受け入れるための諸々の雑事などもかなり落ち着いてきているため、智香子たちをはじめとする委員会の生徒たちは、パーティを組んで順番に迷宮に入っていくことになる。
この年度は、扶桑さんの会社との協働事業を開始したため、例年よりも少し仕事が増えて委員会の負担もそれだけ多くり、例年よりは少し遅れた形だったが、繁忙期の直後にこうして委員会の生徒だけでパーティを組んで迷宮に入ることはほとんど年中行事になっている、と智香子は聞いていた。
智香子たち四人に関していえば、装備品がほぼ刷新されていた。
この年度から、〈超重量の槌〉や〈玉虫色の盾〉、〈ブラックコックジャック〉など、それまで引き取り手がいなかったアイテムを智香子たち四人が所持して、迷宮内に入るようになっている。
初心者用の装備から脱却してもう少しいい装備に持ち帰る時期でもあったし、それに、智香子たちが効能その他を明らかにしたアイテムについては自分で活用するべきだ、という意見が委員会の中から出たためでもあった。
これまで活用されずに死蔵されていたアイテムには、相応の「使われなかった理由」、なにがしかのデメリットが存在するわけだが、それは思いっきり無視をされた。
効能を解き明かした人間自身がそのアイテムを活用しないとなると、智香子たちの今後も活動の異議も問われてくるわけで、これについては、
「仕方がないかなあ」
と、智香子自身も半ば諦観している。
〈超重量の槌〉は、非常時用の武器として智香子の〈フクロ〉に収納されていた。
〈玉虫色の盾〉は、それまで佐治さんが使用していた初心者用の盾よりは頑丈だったので、そのまま佐治さんが使用している。
〈ブラックコックジャック〉は、そろそろ剣使いとして限界を感じはじめていた香椎さんが使うことになった。
浅い階層に出没する小型のエネミーならばともかく、中型とか大型のエネミーを相手にして剣を使いづけることは、香椎さんでなくても難しい。
剣を刃物として活用するためには刃筋を立てる必要があり、剣でエネミーを斬るためにはかなりの習熟を必要とした。
中型以上のエネミーは体表もそれだけ硬くなることが多く、素人が剣を振るっても、まともに斬れるものではない。
鈍器としての攻撃力はあるので、剣をそのまま使い続けることも不可能ではなかったが、それならばと素直に鈍器に持ち変えることは、決して珍しいパターンというわけでもなかった。
どちらかというと、剣を刃物として活用することを学び、使い続けることの方が少数派である、ともいえる。
少なくとも、松濤女子の中では、そういう傾向があった。
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