第241話 安全第一

 委員会の仕事は、他の探索部員の世話をすること。

 いいかえれば完全に裏方の、補助というか雑用全般、ということになる。

 年度が改まったこの時期、委員会の仕事は必然的に多くなった。

 普段の業務に加えて、新入生のお世話をする必要が出てくるからだ。

 全学年分の健康診断を手配する作業に加えて、新入生たちについては装備品や医薬品の配布、探索者としての資格を取得させるための手配や準備など、それ以外に、迷宮や探索者についての初歩的な知識も、松濤女子の中で教えている。

 探索部員の新入生たちも、大半は去年の智香子同様、迷宮や探索者たちについて基本的な知識さえ身につけていなかった。

 特に関心がない状態で入学なり入部してきた以上、そうであるのが当然なのだが。

 普通に日常生活を送っているだけでは、その手の情報に接する機会すらほとんどないのが普通だっだ。

 現役で活動している探索者の総数は数十万人単位であるといわれているが、その人数であっても日本の総人口と比較するとごくごく少数でしかない。

 しかも三十三カ所ある迷宮は、首都圏に集中している。

 その手の情報が、迷宮とも探索者とも無関係の一般人の間に流布しないのも自然なことといえた。


 そうしたなにも知識を持たない新入生たちに、初歩の初歩から関連知識をレクチャーする仕事は、当然のことながら上級生が受け持っている。

 経験豊かな人が担当する方が適切だから、自然とそうなるのだった。

 この手の講師役は、だいたい高等部の生徒たちが担当することが多かった。

 それ以外にも、ごく希に特殊なスキルを持っていたり学校の活動以外の場所で探索者として迷宮に潜る機会が多い、つまり探索者として例外的な経験をしてきた生徒たちを呼んできて担当して貰ったりすることもある。

 そういう探索者としてユニークな生徒たちもいることはいるのだが、こうした生徒たちはあくまで少数の例外枠でしかなく、人数自体は少ない。

 全学年を通してみても、数えるほどでしかなく、ほとんどの生徒たちはこれといった特徴を持たない、平均的な探索者でしかなかった。

 というか、松濤女子探索部の方針として、

「そうした凡庸な探索者であっても、特に危険な目に遭うこともなく探索者を続けられる状態を維持すること」

 を、目的としている。

 尖った能力を持つ人材を排除することこそないものの、そうした人材をあえて育てようとする気風は、松濤女子の中にはなかった。

 ことに探索部員たちでは、他の部と兼部している人たちの比重が大きい。

 そうした兼部組にとって、探索者として大成することより、大きな支障を受けることなく迷宮に出入りすることの方を優先するのは当然といえた。

 何年かに一度くらいので学校を中退し、そのまま専業探索者になるような子も出てはいるようだったが、そういう極端な例は割合から見ればかなり極小の少数派でしかない。

 そうした少数の中退して専業探索者になるような生徒も、大半は本人の志望というよりは実家の都合、すなわち経済的な事情により学業を中断せざる得ない状況になり、しぶしぶ探索者として働きはじめるような例がほとんどであるようだった。

 こうして松濤女子を中退する子の大半は、単純な学費がないから、というより、実家がかなり多額の借金を負ってしまった場合がほとんどであり、そうした多額の借金を松濤女子に通うような年齢の子が支払う方法はかなり限られている。

 つまり、探索者として働くことは、そうした年少者であってもやり方によってはごく短期間のうちに多額の金銭を得ることもできる、ごく限られた方法のうちのひとつといえた。

 ただこれも、どんなアイテムがドロップするのが実際に迷宮に入ってみなければわからない以上、運の要素が強く、それに自分やパーティ内の人員がリスクを負うという側面がある。

 決して確実な方法ではないし、よほど差し迫った状況でなければ、普通は選択しない道でもあった。

 ましてや、私学の松濤女子に通う生徒たちのほとんどはそれなりに裕福な家庭に属しており、かなり異例な事態にでもならなければ中退までして探索者になる必要もなかった。

 部活として、探索者としての成長や経済的に利潤を得ることを第一の目的として設定していないのも、自然なことといえる。


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