第240話 探索部の上下関係

 そもそも、少し早く生まれたくらいで後に生まれた人たちよりも優れている、というわけでもないしね。

 と、智香子はそんな風に考える。

 長く生きている分だけ多くのことを経験している、とはいえたが、それも絶対的なアドバンテージにはなり得ないはずだった。

 何十年も生きているのならばともかく、智香子たちはまだ十代に過ぎず、そんなに大きな差が出るほどの経験を積む余裕もない。

 強いていえば十二歳になるまで迷宮に入ることができないため、新入生はほぼ例外なく探索者としてスタートする一律最近になる、という条件は設定されてはいた。

 が、その程度のハンデ、つまり一年程度の経験なら、いくらでも挽回できそうな気もする。

 たとえば、扶桑さんの会社との提携事業は今年度から本格的に運用されるわけだが、当然、智香子が入学した当時とこれから本格的に探索部で活躍をする新入生たちとでは、おそらく迷宮に入る時間も大きく変わってくるわけで。

 探索者としての体験的な知見、それに累積効果の獲得という点において、今年の新入生たちは、智香子たちまでの学年の生徒たちよりもそれだけ有利になる、ということは断言できた。

 探索者としての育成という点においては、ということだが。

 そのこと自体について、智香子は特に悔しいとかは思わない。

 扶桑さんの会社との提携事業を提案し、仲介したのは他ならぬ智香子自身であったし、時間を追ってより便利に、効率的になるのは、その逆になるよりはよほど順当な変化だとも思う。

 智香子としては、そうした進歩を否定する理由もなかった。

 保護具など、探索者用の各種のツールが長い時間をかけて開発、進歩してきたように、育成の工程もどんどん改良していった方がいいに決まっているのだ。

 それに。

 と、智香子は思う。

 より短期間で探索者として成長することができるようになったとしても、それがどうした、という気持ちもある。

 専業の探索者ならばいざ知らず、智香子たち松濤女子の生徒たちは、あくまで部活の一環として探索者をしていた。

 その中でもとりわけ兼部組に関していえば、探索者はあくまで部費を稼ぐための手段に過ぎないわけで。

 そうして、部活動として探索者をする分には、別に急いで成長をするべき理由に乏しいのだった。

 無論、進歩は効率化は歓迎をするべきだとは思うのだが、そのことが特段に嬉しいというわけでもない。

 扶桑さんの会社との提携についても、これからはそれがデフォルト、当然の前提になる。

 新入生のみならず、松濤女子探索部全員が一律に迷宮に入る時間が長くなるわけで、それ自体はいい傾向といえるが、だからといって部活の性質がそのことによって変わるとも思えないのだった。

 長く迷宮に入れるようになったとしても、迷宮の中でする行動が変質するわけではないしな。

 と、智香子は思う。

 そうした変化により、変わる部分も当然出てくるだろう。

 けれども、部員一人一人にとっての活動自体は、そんなに変わらないんじゃないか。

 迷宮に入ってしまえば、先輩も後輩もないよな。

 というのが、智香子の実感だった。

 経験の長短はあるものの、いっしょに迷宮に入ってしまえば、迷宮から出るまでは同じパーティの一員として振る舞う必要があるわけであり、そこに極端な上下関係の感覚を持ち込んでも、かえってギクシャクする。

 特に松濤女子の場合、兼部組が多い関係もあって、パーティメンバーは毎回固定されていない。

 はじめてパーティを組む人との上下関係を探ったり、変に気を遣っても、気疲れするだけでありなんのメリットもなかった。

 これまで、智香子たちの学年が先輩方にされた対応を思い返してみても、必要以上に威張ったり下級生にきつく当たったりした先輩は、思い出せない。

 ほとんど毎回、パーティメンバーが入れ替わるから、そうした確執もできにくい、という面はあるんだろうな。

 と、智香子は思う。

 探索部以外の部の中には、学年による上下関係がかなり明確な部も存在していることを、この時点の智香子は知識として知っていた。

 そうした、厳格な部と比較すると、探索部の上下関係はかなりフラットであるといえた。


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