第238話 助言
「ええと」
智香子は周囲を見回してから、そういった。
「その、世良さんは、今手が空いてる?」
いつまでも、ここでだべっている余裕もない。
お互いのことをまだよく知らない今の状態で、あんまりヘビーな内容をやり取りするよりは、今は委員会の仕事を優先しておいた方が無難に思えた。
「空いてます」
世良月は、そういった。
「先輩たちから、こちらを手伝って来いといわれて」
「それを早くいって貰いたかったかな」
いいながら、智香子は棚の上に乗ってた保護服の束を抱えて、そのまま世良月に手渡す。
「これを、そこの台車に乗せて」
「はい」
世良月は、素直に智香子がいった通りにする。
しばらく、無言で手渡し作業が続き、あっという間に台車の上が満杯になった。
「これくらい積めばいいか」
智香子は頷く。
「じゃあこれ、新入生の子たちが集まってる教室まで押していくから。
世良さんは、台車の前を支えて先導して」
「月でいいです」
世良月は、そういった。
「下級生ですから」
「じゃあ、月……さん、お願い」
智香子は、そう告げる。
「迷宮の影響圏内だから、押す力は問題ないんだけど。
でも、これだけ重くなっていると、台車のコントロールが難しいんだ」
実際、一人だと、これだけ荷物を積んだ平台車を押して進むのには時間がかかった。
台車の前を押さえて、進む方向を制御する人がいると、効率がまるで違ってくる。
「はい」
月さんは、素直に智香子のいうとおりにする。
「前を押さえて、台車がそれないようにするんですね?」
「そう、押すのはこっちでやるから」
智香子はいった。
「このまま廊下をまっすぐ進むだけだから、難しくはないと思う」
基本的に、委員会の仕事というのは、探索部員たちのための裏方だった。
探索者として活動することを支援する、といえば聞こえはいいが、あまり迷宮に入る作業自体とは関わりの薄い雑務全般を委員会がこなして、探索部員たちの負担を軽減する。
通常であれば、
「自分の面倒は自分で見る」
という原則を貫いてもいいようなものだったが、この松濤女子では兼部が多いこともあって、こうした煩雑な雑事は大体委員会が請け負っている。
そのおかげで探索部員たちが本来の作業に集中できる、という面もあったし、委員会の生徒たちにとってもこうした作業に継続的に携わることにより、他では経験できない知見を得ることができるというメリットがあった。
「委員会に入るのはいいとしても」
台車を押しながら、智香子はそういった。
「委員会の仕事は、探索者としての活動にはあまり影響しないと思う」
委員会の仕事とは、要するに、雑用だった。
探索者本来の仕事とは、あまり関係がないように思うし、この月さんの指向するところからいえば遠回りになるのではないか。
と、智香子は思ったのだ。
「でも」
台車を前で押さえながら、月さんがいった。
「普通では見ることができない裏側とかも、見るようにした方がいいと、そういわれました」
「いわれた」
智香子は、そういって頷く。
「誰に?」
「探索者をしている知り合いに、ですね」
月さんは、即答する。
「どうせ松濤に通うんなら、あそこでしか見ることができないものを残さず、隅から隅まで見て体験して、吸収してくるといいって」
「なるほど」
その言葉に、智香子は頷く。
「それはそれで、勉強にはなるのかな?」
智香子と手、その言葉に完全に納得したわけではなく、
「そういう考え方もあるか」
という程度の、感慨しか持てなかったが。
智香子自身、専業探索者の知り合いがいるわけではない。
そうした探索者の思考法など、智香子が知るわけもなかった。
月さんにその助言をした人は、智香子がイメージする探索者とは、ちょっと毛色が違うようにも思える。
智香子がイメージする探索者とは、行動がすぐに成果や結果に結ぶつく、それだけシンプルな行動様式を持っている人種だった。
そのイメージが正確かどうかはわからなかったが、少なくとも月さんにその助言をした探索者は、ある程度迂遠な方法を嫌わないだけの度量を持っているらしい。
一口に探索者といっても、実際には様々な人がいて、個人差も多いんだろうな。
と、智香子は想像をする。
その、月さんに助言をした人は、たまたま多少、思慮が深かった。
そういう、ことなのだろう。
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