第237話 世良月
世良月は、小柄な子だった。
智香子自身も平均よりは小さい方だったが、世良月はもっと小さくて、もう一年か二年、年下の子にしか見えない体格をしている。
背が低いだけではなく痩せていて、顔の輪郭が鋭角的だった。
松濤女子の他の子たちの様子がいかにも育つがよく、肉付きがいい子が多かったから、その中に混ざっている世良月の様子はなおさら目立つ。
立ち振る舞いはかなり落ち着いていたが、なんだか一人だけまったく別の環境で育った子のような違和感を、智香子はその子から感じた。
「ああ、あの時の」
智香子は、内心の動揺を隠すように、無難な対応をする。
「あの時は、どうも。
あの時は名乗ることもできなかったけど、わたしは冬馬智香子。
中等部の二年生で、一応委員会もやってる」
こうした時、上級生としてはどういう態度を取るのが正解なのかな。
などと思いつつ、智香子はそんな風にいった。
「世良さんは、いきなり委員会に入るの?」
智香子は、そう訊ねる。
「そうですね」
世良月は、静かに頷いた。
「その方が、いろいろと便利そうなので」
「便利?」
智香子は、首を傾げる。
「委員会に入っても、余計な仕事を押しつけられるだけだと思うけど」
便利、という単語は、智香子の委員会に対する心証とは、ほぼ真逆の評価に思えた。
「その分、早く迷宮に詳しく慣れるじゃないですか」
世良月は、即答する。
「他に優先することもないですし、わたしにとっては今はそれが一番ですね」
「探索者志望、ってわけか」
智香子は、小さくそう呟いた。
「それも、かなりガチの」
「本当は、中学を卒業したらそのまま探索者になるつもりだったんですけどね」
「へ?」
そういわれて、智香子は間の抜けた声を出して訊き返してしまう。
「それってプロの?
専業で、ってこと?」
「そうです」
世良月は、あっさりと認めた。
「ただ、周囲から反対されて。
せめて高校くらい卒業してくれ、っていわれたんで、中学に通いながら探索者ができるここを受験したんです」
「あ、ああ」
智香子は、しばらく意味のない声を漏らした。
なんとも、極端な。
智香子がこれまでに見聞した限りでは、専業の探索者とは、どちらかというと「他に仕方がなく、いやいやなるもの」であって、この世良月のように強固な意志で目指す職業ではない。
少なくとも世間一般の認識としては、義務教育を終えた段階でそのまま直行するような職業ではなかった。
「それはまた、珍しいね」
少し考えてから、智香子はそういった。
「ご両親も、探索者なの?」
香椎さんの例もあるので、そういうパターンなのかな、と、智香子はそう予測をしたのだ。
「父は、いません」
世良月は、感情のこもってない口調でそういった。
「母は探索者でしたが、ロストしました」
うえ。
智香子は、心の中でいきなり深いところに踏み込んでしまった自分の軽率さを悔やんだ。
「ハードな境遇の子だなあ」
とも、思う。
「別に、親の職業を子どもが継ぐ必要もないと思うけど」
智香子は、そう続けた。
「母のことは別に」
世良月は、表情も変えずに、そういい放つ。
「わたし自身が、早く探索者になりたいんです」
なんだかいろいろ複雑な子らしいな。
その世良月に対して、智香子は、そう感じた。
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