〔二千十六度、智香子、中等部二年生編〕
第236話 通過儀礼
四月に入り、始業式が来て、智香子たちは中学二年生に進級した。
だからなにが変わったかというと、それまでとたいして変わらないのだが。
ただ、年度が改まると同時に、委員会の仕事は忙しくなった。
新入生たちが大勢、それも一気に探索部に入ってくるため、当然、その対応に追われる。
去年の智香子がそうだったように、そうした新入生の入部希望者たちも、これから探索者としての資格を取得するところから開始する者が多かった。
そうした公社が必須と設定している手続きを案内するのと同時に、すでに探索者としての資格を得た状態で入部を希望して来た子たちには、探索部関係のガイダンスなども行わなければならない。
どちらにせよ、数百名単位の人間に対して委員会の生徒たちだけで対応する必要に迫られるわけで、普段は他の委員たちと別行動を許されている智香子たちもこの時期ばかりは人手として駆り出される。
相手をしなければならない人数が多いので、必然的に一人一人に説明をする、などというまどろっこしい真似などする必要もなく、三十名ずつまとめてどこかの教室に集めて一気に案内をする形になった。
学校側から支給する装備類などの配布、健康診断の案内、探索部用SNSアプリの使い方の説明など、案内するげき事項は無数にあり、智香子たち委員会は新入生一人一人にチェックシートを持たせ、終わった事項にチェックを入れさせながら、この通過儀礼をこなしていく。
相手をするべき人数が多いので、委員会の側でこのすべての説明と手続きが終わったのかどうかを把握することは難しく、そうした手続きを受ける側一人一人に任せる方が実際的だった。
親族なり知り合いなりに探索者がいたり、あるいは探索部があることでこの松濤を受験して合格した子などは、春休み期間中に探索者としての資格を取得していることが多かった。
ただ、全体からするとこうした準備のいい子は少数派であり、大半は迷宮や探索者についての基礎知識すら持っていない。
この大多数の基礎知識を持たない子たちにも、ごくごく簡単な、初心者以前の概要を教える必要があり、そしてそうしたレクチャーはこの学校では新二年生の仕事、ということになっていた。
去年、同じような境遇にいた子たちの方が、どうしたことがわかりにくいのか実感を持っていて、それだけ教えやすいと考えられていたからである。
もっとも、それはあくまで口実であり、実際のところは煩雑で面倒な作業を下級生に押しつけているだけなのではないか、と、智香子はそんな風に思わないでもなかったが。
ともかく、そんな次第で委員会に所属している中等部二年生は、しばらく放課後や週末は交替で慣れない教師役を務めることにもなる。
これも、伝え漏れることが多過ぎると、迷宮の中では命に関わることにもなりかねないので、それなりに身を入れてやる必要があった。
無論、後でパーティを組むようになってから、実地にも教えることになるだろうが、そんな予備知識もないよりはある方がいいわけで、いずれにせよおろそかにはできなかった。
探索者取得した状態で入学して来た新入生は少数派であったが、それよりもさらに少ない子たちが、自分から志願をしてそのまま委員会に合流してきた。
そのほとんどは、身内に松濤女子の卒業生がいて、その卒業生からの助言を受けて委員会に入ると決めていたようだ。
松濤女子の探索部も七十年からの歴史があるわけで、その手の世代を超えた伝統というのは厳然と存在する。
いい面も悪い面も、あるんだろうな。
と、智香子は、そのことについてそう思った。
伝統、といえば聞こえはいいが、見方を変えれば血筋による委員会メンバーの固定化、寡占化という側面もある。
効果的、効率的な方法論が学年や世代を超えて引き継がれ、確実性や安全性もそれだけ向上している面がある一方、柔軟な方法論を試そうとする人が少なくなる面もあった。
そして、この公社の面について、智香子は以前からある種の息苦しさを感じている。
そうした、誰かに誘われるまでも自主的に委員になろうとする子たちは、松濤女子探索部のコアな部分を支える生徒である、という見方もできた。
なにしろ、二代、三代と世代を超えて委員会に所属しようとしている子たちなのだ。
「少し前に、迷宮のロビーで挨拶しましたね」
ただ、そうした新入生の委員候補の中にも、そうした来歴を持たない、純粋に個人的な意思で志望している子も希にいて、そのうちの一人に、智香子は唐突に声をかけられる。
「新入生の、世良月といいます」
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