第235話 素朴な疑問

「あの子は、なんだったのだろうか?」

 その日、帰宅してから智香子はそんなことを考えていた。

 あんな場所に制服着用の上、ウサ耳型アイテムを装着して突っ立っていたのだから、多少なりとも事情に通じている人ならば智香子が松濤女子の探索部に所属することは容易に推察できる。

 その意味では、あの子が智香子の身元を用意した上で声をかけてきたことについても、なんの不思議もない。

 ただ。

「声をかけてきた割には、名乗りもせずにいっちゃったからな」

 智香子は、ぽつりと呟く。

 わざわざ声をかけてきた理由が、よくわからなかった。

 まあいいか。

 と、智香子は思い直す。

 あの子がいっていた通り、新学期に入学してあの子がそのまま探索部に入ってくれば、顔を合わせる機会も自然とできるだろうし。

 自己紹介その他の込み入ったやり取りは、その時にでもすればいいのか。

 それはそれとして、智香子の頭に引っかかったのは、あの時の子の神妙な顔つき。

 あの時の表情に、智香子は年齢に似合わない気迫を感じていた。

 あれは、なんなんだろうか?

 と、智香子は疑問に思う。

 あれくらい真剣な面持ちになる状況というのが、智香子にはちょっと想像できない。

 強いていえば受験の時には、そこそこ差し迫った心境になったような気もするが、時期的に考えてその線はなかった。

 あの子も、春から松濤女子に入る予定だと、そういっていたしなあ。

 あと数日もすれば入学式がはじまる。

 そんな時期に、あの年頃の子があそこまで真剣な様子を見せる原因として、いったいなにが考えられのだろうか。

 去年の今頃の智香子は、ほとんどなにも考えていなかったように思う。

 入学前だから、松濤女子に探索部があることすら知らず、それこそ、のほほんとして日々を過ごしていただけだ。

「あれ?」

 そこまで考えて、智香子はあることに気づいて一人で首を傾げる。

「あそこにいたってことは、あの子」

 迷宮に用事があったのかな。

 と、すれば。

「……資格を取るための講習を、受けに?」

 あの年頃の子が、わざわざあんな場所に足を運ぶ理由は、それくらいしか思いつかなかった。

 一応、年齢的には探索者になれる年頃ではあるはずなのである。

 ただ。

「たった一人で、あそこにいったっていうのが」

 ちょっと不自然だな、とは思った。

 探索部に入るつもりで松濤女子を受けて、無事に入学が決まった。

 入学前の期間を利用して、先に探索部の資格を取っておく。

 そのスケジュール自体には、不自然な部分はないのだが。

「小学校を卒業したばかりの子が、たった一人で探索者の資格を取ろうとするもんかな?」

 保護者なり、同級生の子なりが同伴していれば、まだしも理解できるのだが。

 いや、考えすぎかな。

 と、智香子はそこまで考えてきた内容を、一度打ち消す。

 今日はたまたま、そうした同伴者の都合がつかなかっただけ、なのかも知れないし。

 不自然といえば不自然だが、絶対にあり得ないというほど不自然な状況でもない。

 いずれにせよ、あの子は新年度になれば顔を合わせる機会があるはずであり、その時にでもさりげなく確認すればいいだけのことではあった。

 ともかく、智香子の中等部一年生時代はこうして終わり、すぐにそのまま中等部二年生へと進級する。


〔二千十五年度、智香子、中等部一年生編〕了


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