第234話 新入生?
とはいえ、実際に脳裏でリアルタイムで蠢き続ける数百から数千単位の光点、そのほとんどを本当に無視することは、なかなか難しかった。
自分から近い光点には注意を向けつつ、それ以外の光点を無視するのが理想だったが、これにもやはり「慣れ」は必要となる。
便利なようで不便なアイテムであり、スキルだなあ。
とか感じつつ、智香子は暇を見つけてはウサ耳型アイテムを装着した状態で迷宮のロビーに出て、〈察知〉のスキルを使い続けた。
委員会の仕事や迷宮に入る合間にそんなことをしている間に四月に入り、もともと短い春休みの日程も順調に消化して始業式の日が近づいてくる。
四月に入ったとしても、智香子にしてみれば、
「朝晩に寒い日も少なくなり、朝起きるのが楽になった」
くらいの感慨しか沸いていなかったが。
なんだかんだで春休み中も智香子はほぼ毎日学校に通っていたし、年度の変わり目で課題こそ出ていなかったものの、智香子は一年生時の学習内容で不安のある箇所を自主的に復習していたりしたので、春休みといっても授業がないだけであり、智香子としてはあまり休んだという実感がない。
それでも年度が改まり、進級するとなるとそれなりに思うところはあるわけだが。
「上級生になるのかあ」
というのが、この時点での、智香子の一番の関心事だった。
中等部二年生だと、あまり「上級生!」という感じではないのだが、それもともかく下級生ができるわけである。
しかも智香子の場合、委員会の一員として探索部の新入生をお世話する立場であり、その一年生の中には去年春の智香子自身のように、迷宮とか探索者について右も左もわからない生徒も一定数含まれているわけであった。
そういう子たちに、初歩初歩から教えていく。
その作業も、これでなかなか大変そうな。
というのが、最近の智香子の心配事だった。
もっとも、松濤女子では三十人前後の学年をまたいだパーティを編成する慣例があり、そうした新入生のお世話も自然と同じパーティ内の上級生が分担してやるはずであるから、智香子たち委員会の負担はそんなに大きくはないはずだったが。
どんな子たちが、来るんだろうな。
と、智香子は思う。
そんなに変わった子は、来ないと思うけど。
智香子たちの学年の場合、探索部に入った生徒たちの半数弱が身内に探索者をしている人がいたりして、多少なりとも周辺の事情について予備知識を持っている子たちだった。
智香子のように、ほとんどなんの予備知識も持たないまま、うっかり探索部に入ってくる生徒は、どちらかというと少数派なのである。
その予備知識がない子たちにしても、大半は兼部組として部費稼ぎにやって来る子たちで、どのみち先導してくれる先輩が存在している場合が多かった。
智香子のように、手探りで探索者をはじめるようなパターンは、少なくとも松濤女子の中ではかなり例外的だともいえる。
「あの」
智香子が迷宮のロビーでそんなことを考えていると、不意に声をかけられた。
「松濤女子の人ですか?」
「ええ、まあ」
智香子は声がした方に顔を向けて、曖昧に頷いた。
「一応、そうですけど」
この時の智香子は、制服姿のまま例のウサ耳型アイテムを装着して壁際に立っていた。
松濤女子の制服について知っている人が見れば、智香子が松濤女子の生徒であることもすぐに判断できる。
それ自体について不審な点はないのだが、声をかけてきた人の姿については、智香子はかなり意外に思った。
小さな、女の子だ。
智香子自身も、同年配の子たち平均よりも小柄な方だったが、この子はその智香子よりも一回りくらい小さい。
小学生、かな?
と、智香子は予想する。
見た感じ、十歳前後のように見えた。
「この春から、松濤女子に入学する予定です」
その子は、まっすぐに智香子の目を見つめてそういった。
「そうしたら、探索部にも入ろうと思っています」
「そ、そう」
智香子は、曖昧な返答をした。
その子の真剣な面持ちに気圧された、そんな気分になった。
「というと、一個下になるのか」
智香子は、そう続けた。
「わたしは、今度中等部の二年生になるから。
まあ、入学してきたら、よろしくね」
「よろしくお願いします」
その子はそういって智香子に一礼し、そのままきびすを返してロビーの人混みの中に紛れていく。
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