第233話 問題点の整理

 基本的に、迷宮内部には高低差はない。

 つまり、一般的には、ということだが。

 一部特殊な階層とかこの限りではない、そうなのだが、そうした特殊な階層に行き当たる確率はかなり低い。

 そういった例外は、一般論としては除外してもいい、というのが普通の探索者たちに共有されている認識だった。

 しかし、迷宮の外にる通常の空間では、そういうわけにはいかず、当然のように〈察知〉のスキル機能は上にも下にも平等に及ぶ。

 さらにいえば、〈察知〉のスキルなどで観測できる範囲は、自分がいる階層内に留まっていて、階層をまたいで知覚することはできない。

 しかし、こうした迷宮内部の事情は、迷宮の外にある通常の空間には当てはまらなかった。

 今、智香子がいる〈松濤迷宮〉が入っているビルはかなり大きく、ウサ耳型アイテムによって伸張した智香子の〈察知〉スキルは階上と階下にいる人々の所在地も伝えてきている。

 情報を取得する範囲が平面ではなく立体、二次元から三次元になった形であり、普段迷宮内で〈察知〉を使用する時の何倍もの情報量を、智香子は感知していた。

 無数の、おそらくは数千人というオーダーの光点を知覚しながら智香子は、

「ちょっと多過ぎるかな」

 とそう思った。

 そうした人間の所在地を示す光点は、当然のことながらそれぞれ勝手に動き続けている。

 智香子の処理能力では、その一つ一つの動きを個別に把握することは不可能だった。

 数が、多過ぎるのだ。

 ウサ耳型のこのアイテムを装着していると、オーバスペックなスキルだよな。

 とか、智香子は思う。

 実用的な観点から考えるならば、一番近いエネミーの所在地と、それにこちらに近づいてくるエネミーの所在地くらいを把握さえできれば、それで用が足りる。

 という気も、するのだ。

〈察知〉スキルの役割は、大きく分けて二つ。

 索敵と、警戒だった。

 そのどちらも、ここまで詳細な情報は必要としない。

 それとも、もっと深い階層にいけば、ここまで詳細な情報が必要とされる局面も出てくるのだろうか?

 その疑問はともかく、今の時点で智香子はこの〈察知〉スキルに関して、

「現状でも、そんなに困らないかな」

 と思っている。

 こうした膨大な情報に溺れ、本来必要とされる情報を見失わないようにする訓練は必要だと思ったが、それはつまり、

「必要ではない情報を感知してもまるっと無視する」

 ということでもある。

 つまりは、無駄に入ってくる情報に気を取られることがないように、この膨大な情報量に影響を受け過ぎないようにする、というのが、この時点で智香子に必要とされる能力になる。

 この〈察知〉に限らず、迷宮で所得することができるスキルは、基本的には本来、人間が持っていないはずの能力だった。

 それをうまく使いこなせるのかどうか、特定のスキルを取得してしまったがために、かえってそのスキルに振り回されないようにすることは、結局、スキルの持ち主次第なのである。

 持て余すほどのスキルの機能を、とりあえずはあえて使わない。

 そういう選択も、あえてするべき局面はあるように思う。

 この〈察知〉のスキルの場合、

「詳細な情報が勝手に入ってくるため、かえって周辺に対する注意力が散漫になる」

 となると、スキルの機能がスキル使用者の足を引っ張っていることになる。

 それをあえて無視することも、安全性を考慮した場合は必要になるのではないか。

 智香子としては、そう思うのだった。

 だから、この時点で智香子がおぼえるべきことは。

「関係ない情報に、注意を向けすぎないようにすること」

 と、智香子は小さく呟いた。

「必要な情報だけを見て、それ以外をできるだけ無視すること」

 だな、と。

〈察知〉のスキル経由でもたらされる情報に気を取られて、自分の前の前で起こっている出来事に注意がいかなくなる。

 などつことになったら、本末転倒であるし、迷宮内部ではかなり危ない。


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