第232話 慣熟運用
「〈察知〉とか〈鑑定〉とかはさ。
本来、人間が持っていないはずの感覚をスキルによって新しく得ることになるわけで」
千景先輩は、そう説明した。
「まあ、その分、慣れは必要になるよね。
脳への負担も大きくなるわけだし。
特にその手のアイテムで一気に受け取る情報量が多くなると、うん、疲れると思うよ。
不慣れなうちは、特に」
慣れの問題ですよね。
と、智香子もその言葉に対して内心で頷いていた。
基本、人間というのはたいていのことには慣れることができる。
そうでなくては、車やコンピュータなど、文明の利器もほとんど利用不能になってしまう。
そうした便利な道具は、人間の感覚や能力を拡張するためのものだった。
そして人間は、本来的にそうした未知の感覚を学習し、使いこなせるだけの潜在能力を持っている。
学習速度に、多少の個人差はあるだろうが。
このウサ耳型アイテムによる〈察知〉スキル機能の大幅拡張についても、時間をかけてならしていけば、いずれは使いこなせるようになる。
その、はずだった。
ただ実際には、その慣れる時間はできるだけ短縮したい、という気持ちが智香子にはある。
早めに使いこなせるようになっておかないと、パーティ内の他のメンバーと足並みを揃えることが難しくなるのだ。
「宇佐美先輩の場合、このアイテムをどう慣らしていたのか聞いてますか?」
智香子は、千景先輩に確認をしてみた。
「いや、聞いたことない」
千景先輩は、あっさりと首を横に振る。
「宇佐美先輩とわたし、学年二つ違いから。
そういうこみいったことを聞く機会も、そんなにないし」
そんなもんだろうな、と、智香子も思う。
千景先輩は委員会で、宇佐美先輩は弓道部との掛け持ちでそれぞれに忙しくしていたはずなのだ。
その上、学園が二つも違っていれば、普段から細かい世間話なんてする機会も、そんなにはないだろう。
でもまあ。
と、智香子はそんな風に思う。
慣れの問題、であれば、用は使い続ける時間が長ければ長くなるほど、慣れるのもはやくなるわけで。
それなら、やりようはあるかなあ。
そんな思索の結果、智香子はそれから春休みの間中、暇な時間は迷宮のロビーに立って例のウサ耳型アイテムを頭に装着し続けた。
別に迷宮内に入るわけではないから、ヘルメットとか保護服などの、普段着用しているゴテゴテとした探索者用装備一式までは身につける必要がない。
制服姿でウサ耳をつけてロビーに長居する智香子の姿は、客観的に見ればそれなりに奇異に映ったはずだった。
が、そもそもよく考えてみれば、奇抜なデザインのアイテムを装備している探索者は別に智香子だけに限っているわけでもなく、堂々としていればかえって目立たない。
その、はずであると、智香子は割り切ることにする。
〈察知〉の感覚に集中するため、智香子は迷宮のロビーの片隅、通行の邪魔にならない場所に立ち、目を閉じる。
そうすると、かなり広い範囲にいる人間の現在地が、光点として〈察知〉することができた。
このウサ耳型をつけている状態だとかなり広い範囲で〈察知〉することが可能になるので、このロビーはおろか、迷宮の階上階下を含む建物内にいる人々との距離や位置、それに、松濤女子の校舎内にいる人々も、かなりの部分カバーできた。
迷宮内でこの〈察知〉のスキルを使用すると、円形に知覚ができるのだが、迷宮の外で使用すると高低差も無視して球状の知覚圏内に存在するすべての人々の現在地を知ることができた。
外で使うと、立体状になるわけか。
と、智香子は思う。
迷宮内部では、その階層内までしか知覚できないため、結果として平面状に認識してしまうのだろうな、と、そう予測をする。
ともあれ、迷宮外のロビーで〈察知〉のスキルを使用すると、立体的に人間の現在地を知ることができるわけで、平面的にしか知覚できない迷宮内と比較すると、情報量的には何倍にも膨れあがるのだった。
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