第231話 装着テスト
結果として智香子は、宇佐美先輩からウサ耳型の装備を譲り受けてしまった。
智香子自身が積極的に欲しがったというよりも、
「断るべき口実がなかったから」
しぶしぶ受け取った形になる。
まあ、効果はそれなりだし便利なことは便利なわけだから、いいかな。
などと智香子は思う。
ちょうど委員会の仕事が一段落したところだったので、四人で探索者としての装備を着用して迷宮ロビーに移動することになった。
十八歳以上の探索者が同行していないのでゲートを潜って迷宮内部にまで入ることこそできなかったが、迷宮のロビーは当然、探索者としてのスキルも使用可能となる。
迷宮に入れなかったとしても、ウサ耳型アイテムの機能を試すことはできるのだった。
ウサ耳型の装備は、弾性のある金属製の、半円形のヘッドバンドにぴょこんと二本のウサ耳型のオブジェが取りつけられているような外観をしている。
この半円形の部分を直接自分の頭部にはめることもできたが、宇佐美先輩は普段、ヘルメットに固定するようにつけていた。
まあ、頭は大事だしなあ。
と、智香子は思う。
頭部は、人間の部位のうち、もっとも保護を必要とする部位になる。
目や耳など、重要な感覚器官が集中しているし、なにより脳みそが詰まった頭蓋骨がある。
そんな重要な部位を剥き出しにしたまま迷宮に入るのは、自殺行為にしか思えない。
探索者用の装備品があまり発展していなかった大昔ならばともかく、この現代で探索者用のヘルメットなしで迷宮内に入ろうとする探索者は、ほとんどいないはずだった。
問題のウサ耳も、宇佐美先輩に寄ればヘルメットに装着をしても問題なく機能するということで、智香子はまずヘルメットにウサ耳を装着してから、そのヘルメットを被る。
「どう、具合は?」
佐治さんが、そう声をかけてくる。
「ん」
智香子は短く答えた。
「この状態だと、普段と変わらない」
ウサ耳自体の重量はほとんど感じなかった。
重さでいえばせいぜい数十グラム前後であり、その程度なら、特に負担になるということもない。
「ちょっと、〈察知〉のスキルを使ってみるね」
といった直後、智香子は思わず、
「わっ」
と、小さな声をあげている。
〈察知〉のスキルを使用した瞬間、智香子の、本来なら使用不能なはずの六番目の感覚が、飛躍的に鋭敏になったからだ。
〈察知〉のスキルは、どうやら人によって感じ方がかなり変わるらしいのが、智香子の場合は潜水艦のソナーのように、自分を中心とした円形の範囲内に存在する人間とエネミーの所在地が、光点として知覚できるようになる。
ただ、ウサ耳型を未装着の、従来の状態だと、智香子の場合はせいぜい判型一キロ程度の知覚範囲に収まっていたわけだが、ウサ耳型を装着した状態だとこの知覚範囲が体感でほぼ五割増しになる。
直径が五割増しになると、面積にすると二倍強になる計算であり、つまりはそれだけ以前よりも大きな情報量を智香子が受け取るわけだった。
「大丈夫?」
黎が、そう訊ねた。
「ああ、大丈夫」
智香子は即答する。
「ただちょっと、驚いただけ。
その、ここまで変わるとは予想してなかったから」
とっさに大丈夫と返しておいたが、本番ではどうかな。
と、智香子は自問する。
〈察知〉のスキルにより探知可能な範囲が飛躍的に広がったのはいいが、それはつまり、智香子が受け取る情報も一気に跳ねあがったことを意味していた。
今は移動していないから負担が少ないのだが、これだけの情報を常時、迷宮内で、いつものように動きながら受け取り、追い続けるとなると。
頭の方が、追いつかないんじゃないかな。
などと、智香子は危惧する。
そもそも、〈察知〉のスキルによって受け取る情報は、本来人間に備わっている感覚器官、いわゆる五感以外の、オプション的な情報になる。
スキル経由で受け取った情報にうまく対処するためには、相応に「慣れる」期間を必要とするのだった。
今回の場合、徐々にスキルを成長させて近く範囲を広げたわけではなく、アイテムの効果によって一気に受け取る情報量が増えたわけで。
「大丈夫だけど、しばらく、このアイテムに慣れるまで、時間は必要になるかな」
智香子は、他の三人に向かって、そう説明した。
「視覚でも聴覚でもいいけど、受け取ることができる波長の範囲が、いきなり倍になったら慣れるのに時間がかかるでしょ?」
「そういう問題か」
智香子の比喩に、香椎さんが頷いた。
「いきなり紫外線とか赤外線とかまで見えるようになったら、そりゃ、頭が混乱するよね」
「情報量がいきなり増える、と」
黎も、そういって頷く。
「その状態で、いつものように動けそう?」
「わたしなら、酔うなあ」
佐治さんも、そういった。
「そのアイテムに慣れるまでは、慎重に動く必要がありそうだね」
便利なアイテムも、場合によっては入手をしてすぐに活用できる、というわけではなさそうだった。
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