第230話 特定アイテムの継承
「やっぱりここにいた」
委員会が使用している教室に、予想していなかった人が入ってきた。
「冬馬ちゃん、今ちょっといいかな」
この春卒業をしたはずの、弓道部との兼部組の冬馬先輩だった。
卒業式がもう済んでいるからか、制服ではなく私服姿だ。
「あ、どうも」
智香子は椅子から立って軽く会釈をする。
「今日はなんの用ですか?」
「冬馬ちゃん。
きみ、〈察知〉のスキル持っていたよね?」
智香子の問いには直接答えず、宇佐美先輩はそう続ける。
「ええ、まあ」
智香子はぼんやりと頷いた。
「〈察知〉のスキル、確かに持っていますけど」
卒業したはずの冬馬先輩がわざわざ智香子を訪ねてこんなことをいってくる、その理由が想像つかなかったからだ。
「そうだよねえ」
宇佐美先輩は、そういって頷く。
「それからきみたちは、最近では倉庫で持ち腐れになっていたアイテムの活用法を研究しているそうだけど」
「確かに、そういうこともしていますけど」
この問いについても、智香子は曖昧な感じで頷く。
それから、
「ええと、今日はなんの用ですか?」
と訊ねた。
卒業した人がわざわざここまで足を運んでくるというのは、よほどのことではないのか。
と、智香子は、そう思ったのだ。
「そうだね。
こっちも割と忙しいから用件をさっくりと済ませてしまおうか」
宇佐美先輩がそういった後、その手の中に奇妙な形状の物体が出現する。
「ウサ耳だ」
それまで様子を見ていた佐治さんが、ぽつりと呟いた。
宇佐美先輩が、自分の〈フクロ〉スキルに収納していたそのアイテムを取り出した、わけである。
「しばらく、そうね、あと何年かは迷宮に入っている余裕もなくなるだろうから、これも誰かに使って貰いたくてね」
宇佐美先輩はそういって、取り出したアイテムを智香子の目の前にずいと突きつける。
「この装備品には、〈察知〉の観測範囲を何倍にも増幅する効果がある。
冬馬ちゃんにこそ使って貰いたい逸品だよ」
「いや、あの」
智香子は顔をこわばらせながら頭の中で断る理由を探していた。
「〈察知〉のスキル持ちは、他にも大勢いますし。
わたしなんかよりも先輩方の誰かの方が、いいんじゃいかなあ、って」
委員会の倉庫行きになるようなアイテムは、他に引き受け手が見つからなかったアイテムになる。
松濤女子探索部の部活中に見つかったアイテムは、まず発見したパーティ内部に優先権があって、そのパーティ内に誰も引き受け手がないアイテムばかりが委員会の預かりになるわけだった。
そして、一度そうして部活中に見つけたアイテムについて、卒業生がどうするかというと、そのまま所持をし続ける場合、もう迷宮に入らないからとすべて委員会に預けてから卒業をする場合、あるいは、今回のようにアイテムの所有者が特定の人物を名指して自分のアイテムを渡そうとする場合など、ケースバイケースになる。
「いやいや、遠慮なさらずに」
宇佐美先輩は笑みを浮かべてさらに一歩踏み込んで、問題のアイテムを智香子の胸元にずいと近づけた。
「これ、冬馬ちゃんにも絶対に似合うから」
ウサ耳型の装備アイテムなんて、似合っても仕方がない。
智香子は、心の中でそんな風に思う。
これがゲームなら、絶対にネタ枠になる装備品だった。
それなりに便利な機能があるから、なおさら扱いに困る。
そんな類いのアイテムでもある。
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