第222話 大昔の探索者

「特殊といえば特殊なのかも知れないけど」

 佐治さんは、そんなことをいう。

「別に松濤女子だけではなく、探索者として迷宮に出入りをしている人たち全体が、それ以外の社会から見ればかなり特殊な人たちって気もする」

「それをいったらお終いだけどね」

 香椎さんは、そんな意見を述べた。

「その特殊な探索者の中でも、松濤女子の探索部は何十年って単位で継続的に、集団としての自立しながら探索者をやっているわけで。

 そんな集団って、確かに他にはないだろうけど」

「あったら噂くらいは聞こえてくるよね」

 黎がいった。

「大昔は、企業が大勢の探索者を抱え込んでいた時代もあったらしいけど」

「へえ」

 佐治さんは、素直に感心していた。

「探索者が自分で組織化していたってこと?」

「違う違う」

 黎は慌てて、佐治さんの想像を打ち消す。

「探索者が集まって企業になったんじゃなくて、主従が逆。

 企業が素材を集めるために、大勢の探索者を雇って囲い込んでいたってこと。

 この国の製造業が、まだ元気だった頃のこと」

「鉄とかとかだったら、それこそ浅い階層でもドロップするし」

 智香子にとってもその内容は初耳だったが、漠然とどういう状況なのか想像することは出来る。

「人海戦術で、だーっと乗り込んでいって大量のスクラップを回収してくる、っていうのはありか」

「迷宮でドロップするモノって、原理的に無尽蔵ってことになっているし」

「いやでも、スクラップ以外の、もっと値打ちがあるアイテムがドロップすることもあるでしょ?」

 智香子は、疑問に思ったことを口にした。

「その場合、探索者の人と所属している会社とで、揉めたりしない?

 所有権とかで」

「企業に所属する探索者の場合、勤務時間内のドロップした物品はすべて企業のもの。

 そういう契約になっていたみたい」

 黎はそう説明をする。

「所属する探索者は探索者で、勤務時間外とか休日には自分たちだけで迷宮内に入っていたから、大きなもめ事にはならなかったみたい。

 むしろ、自分だけで装備を揃えることが出来ない、あるいは、探索者になる方法がわからない志望者が常に来ていて、定員割れになるそう」

「そうか」

 佐治さんは、そういって頷いた。

「初歩の初歩、一番最初のとっかかりの部分はその企業に所属しておぼえて、それから独立していくって形か。

 今のように、個人営業でやっている探索者ばかりよりも、ある意味では合理的かも知れない」

「でも、その企業お抱えの探索者って、なんで今はいないの?」

 香椎さんが、黎に訊ねた。

「単純に、コストの問題」

 黎は、即答する。

「迷宮から材料を用達してくるよりも、外国から輸入をする方が安い時代に移行したから、企業も迷宮から手を引いた。

 つまり、原材料の調達先としては、直接関与することは、ってこどだけど」

「でも」

 今度は智香子が、疑問を口にする。

「その場合、万が一の時の、保証なんかどうだったんだろう?」

 程度の差こそあれ、迷宮に入る行為にはリスクが伴う。

 装備類の開発が進んでいなかった大昔のことならば、なおさら探索者の仕事は危険と隣り合わせだったはずだ。

「実は、かなり杜撰だったらしい」

 黎はいった。

「ロストする人自体、今とは比べものにならないくらい多かったそうだし。

 運よく生還できたとしても、一生残るような傷を負う探索者も少なくはなかったそうで。

 でも、そうした場合の保証も、それこそ雀の涙程度だったとか。

 そういうのもあって、ある時期から社会問題として取り沙汰されるようになり、前にいったコストの問題も絡めて探索者を直接雇用する企業もいつの間にか消えていったみたい」


 ありは、そんな乱暴な時代があったのかも知れないな。

 と、智香子は想像する。

 探索者自身の安全や人権に対する意識も今ほどには高くなく、探索者たちの方も、装備や法制度など、外的な要因よりも、自分の経験や方法論に信頼を置いて活動していた時代。

 そんな時代の探索者の方が、不安定で安全ではない分、ある意味では自由に動けたのかも知れないかった。

 ただ、智香子自身は、そんな時代に探索者として迷宮に入りたくはないと、そう思った。

 黎がそうした昔のことに詳しいのは、身内に年長の探索者が多い環境で生まれ育ったからだろう、とも、智香子は想像する。


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