第221話 身体検査の事情
新年度になる前にやらなければならない仕事を、委員会はいくつか抱えていた。
前述した備品や医薬品、装備類の補充もそうだったし、それ以外にも。
「精密検査、ですか?」
千景先輩に今後の予定を告げられた智香子は、そういって首を傾げる。
「身体検査なら、定期的に受けていますが」
探索部に所属する生徒は、三ヶ月に一度身体検査を行うことになっていた。
長期的に迷宮内に出入りをする十代女子、というサンプルは、世界中捜してもこの松濤女子でしか採取することが出来ない。
そういう現実があるわけで、公社からの要望もあり、年に四度、智香子たち探索部に所属をする生徒たちは、「身体検査」としてはかなり微細な部分まで検査されている。
迷宮の影響が心身にどんな影響を及ぼすのか、今の時点では不確定な要素が多く、それを解明するための一種の追跡調査としての側面も持っていた。
「その定期検査とは別に」
千景先輩は、プリント用紙を智香子たちに配りながらそう説明する。
「年に一度、春にもっと精密な検査をすることになっているの。
わたしたち、貴重なサンプルでもあるわけだから」
CTだかCRTだかで何度も体中をスキャンされる以上に精密な検査ってなんだろうな、と、智香子は疑問に思った。
「費用は、やはり……」
「全額、探索部持ち」
千景先般は断言する。
「こういう時くらい、経費を使わないと。
後で公社から補助金が出るんで、実際にうちが負担するのはせいぜい半額程度だけど」
それでも、探索部員の人数を考えるとかなりの出費になるはずだった。
松濤女子探索部はその方針として、探索部員の身の安全をまず第一に考慮する、ということを掲げている。
この度重なる検査も、その一環であるらしい。
智香子には、少し大袈裟なようにも思えたが、迷宮関係のことはまだまだ未解明の部分が多く、それくらい慎重なくらいで丁度いい。
のかも、知れなかった。
「とにかくまあ、そんなわけで春の検査はいつもより時間がかかるんだけど」
千景先輩は、そう続ける。
「だから委員会の人は、春休みのうちに、一足先に受けておくの」
と、いうことだった。
「それはいいですけど」
智香子は、そう応じる。
「今まで以上に緻密な検査、って。
あれ以上に、なにをやるんですか?」
「一番大きな違いは」
一度思案顔になってから、千景先輩はそう続ける。
「聞き取り検査がある点、かなあ?」
「聞き取り検査?」
意外な言葉が出て来たので、智香子は驚いて訊き返していた。
「聞き取り、はなんとなくわかりますけど。
検査なんですか、それって?」
「継続的に迷宮に入り続ける人に、心理的な影響があるのかないのか。
どうもそれを調べる目的もあるみたいね」
千景先輩は、そう続ける。
「学外の、一般の探索者もその手の検査を受けるように公社は働きかけているんだけど。
でも実際は、まとまったサンプル数になるほど大勢の人が協力してくれるわけではないって、そう聞いている」
「でしょうねえ」
智香子は、その言葉にそのまま頷いた。
「普通の探索者にしてみれば、そんな検査を受けたとしてもほとんどメリットがないでしょうから」
まとまった人数が、集団として継続的に迷宮に入り続ける。
この松濤女子以外には、そんな集団はあまり例がないようなのだ。
迷宮が人間に与える影響を調べている人や、それを知りたい公社の人たちから見れば、松濤女子はかなり貴重で都合のいい集団なのかも知れない。
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