第218話 スキルロックの事例

 迷宮内での遭難は、そんなに頻繁に起こるわけではないらしい。

 らしい、というのは、迷宮から帰らなかった探索者、いわゆるロスト案件のうち、何割がその遭難に該当をするのか、正確な統計を取る方法がないからだった。

 智香子がこれまで見聞した実例としては、昨年末、城南大学の秋田さんと一陣さんとが数日迷宮内に留まり、自力で帰還を果たした事例がある。

 面識こそあるものの、そうした城南大学の人たちと普段から親密に連絡を取り合うような間からでもなく、智香子はその件について、すべてが終わってから黎経由で知らされた。

 知らされた後、ネット上に公開されていた情報に目を通して、その件の全容についても自分で調べている。

 智香子自身が迷宮に入っている以上、そうしたアクシデントも決して他人事ではない。

 どうやらその件は、関係者間では「スキルロック」と呼ばれる現象が原因だったようだ。

 迷宮内では、たまに特定のスキルが使用不能になることがあるらしい。

 これも起こる確率はかなり低く、智香子はこれまで身近な場所でそうした現象が起こったと聞いたことはない。

 あるいは、そうした現象が起こったとしても、あまり重要度が高くないスキルが使用不能になっただけで、無事に迷宮から生還できた事例が多いから、あまり話題にならないだけかも知れなかったが。

 年末の秋田さんと一陣さんの場合、すぐに出てこれないほど深い階層で〈フラグ〉のスキルが使用不能になり、迷宮内でサバイバル生活をしながら何日かかけて、自力で脱出に成功した事例だったらしい。

 各種資料を参照した結果、智香子はそう結論した。

 素直に、

「怖いなあ」

 と、そう思う。

 十分な量の水や食糧を普段から持参し、冷静に対処をすればたいしたことはないのかも知れないが。

 いや、と、智香子はすぐに思い直す。

 ロックされ、つまりは使用不能になったのが、〈フラグ〉のスキルだけではなく、戦闘用のスキルも、だったとしたら。

 あるいは、〈フクロ〉のスキルがロックされ、備蓄の物品を取り出すことができなくなったとしたら。

 かなり、困る。

 というか、最悪、迷宮内から帰還不能になりかねない。

 そうしたスキルロック現象について、どうした機序で起こるのかは、例によってまだ解明されていなかった。

 そうした現象が起こりやすいエリアというのはあるらしいのだが、発見され次第周知されるので、なにか特別な理由でもない限り、そうした危険なエリアにわざわざ足を踏み入れる人はいない。

 智香子たち探索者は、用心をしていつそうなっても問題がないように、こうして食糧などを携帯して備えることくらいしかできない。

 そうした用心の積み重ねでしか、ロスト案件を避けることはできないとされていた。

 迷宮の中には、エネミーとの戦闘だけではなく、そうした未解明の脅威も多々存在するわけで、智香子たち探索者はそうした危険から身を守るために、打てる手をすべて打ち、手を尽くすしか対抗する方法がない。

 このスキルロックの事例があるため、松濤女子探索部では、水や食糧以外にも救急用の医薬品を生徒たちに持たせるようにしている。

 多少の傷ならば、その場で〈ヒール〉のスキルでも使用すれば回復するはずだったが、その〈ヒール〉自体が使用不能になる場合や、パーティ内部の〈ヒール〉の使い手が真っ先に行動不能になる事態なども想定可能なわけで。

 そうした事態に備えるため、普通の医薬品も〈フクロ〉スキル持ちに携帯させているのだった。

〈フクロ〉という物品収蔵用のスキルが存在していなかったとしたら、探索者全般がかなり大量の荷物を背負いながら迷宮に入らなければならないところだったが、幸か不幸かそういうことにはなっていない。

 仮にそうなったとしたら、スキルなしでは体が小さくあまり大量の荷物を携帯することができない、智香子たちのような年少者の女子は、探索者としてかなり大きなハンデを背負うことになる。


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