第217話 緊急避難用備蓄品

 智香子たち四人はこの春休み、たまたま委員会の仕事が立て込んでいたので毎日とまではいわないがかなり頻繁に登校していた。

 そのため、そうした荷運び要員として呼び出されることも多かったが、委員会の生徒だけではなくたまたま部活で登校していた他の生徒たちも積極的に手伝ってくれるので、負担はさほど多くはない。

 長期休暇の時期にわざわざ学校に来ているような生徒はつまりはそれだけ部活に熱心なわけであり、直接探索部と関係がない場合でも、ごく自然な態度で手を貸してくれることが多かった。

 打ち込んでいるものが違っても、学科以外の活動に身を入れている探索部に対して、ある種のシンパシーを抱いているらしい。

「今日の荷物はなに?」

「ええっと、食糧と水、ですね」

 智香子は運転手から渡された伝票を見て答える。

「保存食とか、ペットボトルに入った水みたいです」

 この手の備蓄品も、消費期限が来る前に定期的に入れ替えている。

「探索部って、そんなもんまで用意するんだ?」

「いざっていう時のための備え、っていうか。

 そんなに頻繁にはないけど、迷宮からしばらく出てこれらなくなることも結構あるそうで」

 たいていは、〈フクロ〉のスキルを持った生徒に預けっぱなしにして、〈フクロ〉の中に保管させる形となる。

 費用も手間もかかるが、松濤女子としてはそうした備えをまったくしないわけにはいかなかった。

 迷宮内部で遭難する確率はさほど大きくないようだったが、それでも十分な食糧と水さえ携帯していれば、いざという時にも慌てないで済む。

 それだけ生還する可能性も大きくなるわけで、生徒の生命を重視する松濤女子の方針としても軽視するわけにはいかない。

 また、探索部の収支状況からいっても、この程度の出費はたいした負担でもなかった。

「確かに重いな」

 ラクロス部員の生徒は、段ボールを抱えながらそういった。

「水と食糧、か」

「これと入れ替える古い在庫でよければ、後で差し上げますよ」

 智香子は、そういう。

「いつの人たちでも持てますくらい残っていますし、それに消費期限まではまだかなり余裕がありますし」

〈フクロ〉の中に収納された物は、一説によると時間が停止する、という。

 つまり、〈フクロ〉の中で保存された物は、食糧にせよ水にせよ滅多なことでは痛まないわけで、それに加えて、そうした物品を入れ替える時期も、松濤女子はかなり余裕を持って設定している。

「ただこれ、食べ過ぎると確実に太りますけど」

 智香子は、一応、そう断りを入れておく。

「機能食ということで、カロリーがかなり高いんで」

 遭難時の食糧とすることを前提にしているので、この保存食はかなりカロリーが高過ぎるという短所こそあったが、普段から体を動かす習慣を持っている運動部員ならば問題はないだろう。

 それに、智香子が口にしたとおり、この手の古い備蓄品は探索部員の間では飽きられて、押しつけ合いに近いような状況になっている。

 長期保存をする前提になっているためか、なんというか味がくどく、一度に大量に食べられるものでもなかった。

 そのまま残しておいても破棄するだけなので、まだ食べられるうちに引き取ってくれる人がいるのならば、委員会としてはむしろ歓迎したいくらいだ。


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