第216話 春休みのお仕事

 春休みに突入し、智香子たち一年生はこの春からまとめて二年に進級することになる。

 日本では中学生までは義務教育でもあるので、病気などの理由により長期間にわたって休学したとかいう特別な理由でもない限り、落第とか留年はない。

 同じ松濤女子の中でも高等部の場合は、成績不良の生徒が留年する例もあるようだったが、これも追試とか補講とかの措置をたっぷりと用意し、その上でどうしてももう一年同じ学年を経験した方がいい、と教師陣に判断される場合にのみ、適用されるようだった。

 どちらにしてもそうした「ダブり」はかなり特殊な例であり、そうした処置を受けた段階で該当の生徒が自主的に退学したりもっとレベルの低い学校へ転校したりすることの方が多い、とも聞いている。

 どちらにしても、かなり特殊な例なんだろうな、と、智香子は思う。

 実際、そうして留年した人の具体的な噂とか、智香子はこれまでに耳にしたことはなかった。

 春になったので、自然と高等部三年生の先輩方も卒業をすることになる。

 とはいえ、春休み中は比較的時間を持て余しているのか、卒業をしたのに学校に来る先輩方は多かった。

 探索部としても、引率役として活動できる十八歳以上の人間は多いほど都合がいいわけで、委員会としても、どうせ四月に入って新学期がはじまるまで、短期間の繁忙期と割り切って積極的に稼働パティーを増やして対応している。

 こうした傾向はこの時期、例年繰り返されてきたことだったが、今年からはそれに比べて扶桑さんの会社との提携事業があり、いつも以上に迷宮に入るパーティが増えていた。

 扶桑さんの会社との提携ということでいえば、SNSの機能追加が実装され、稼働検証をする段階にまで達していた。

 これを機会にどんどん使ってバグを潰していこう、というわけである。

 また兼部組など、長期休暇の時期に積極的に迷宮に入ろうとする傾向があり、春休みにも関わらず、探索部員たちはいつも以上に活発に迷宮に出入りをしていた。

 委員会の場合、こうしたパーティ編成の手配に加え、この新学期を目前にした時期は各種備品の補充などの業務が加わる。

 保護服やヘルメット、その他初心者用の装備類、医薬品など、新入生が入ってくる前に在庫を補充しておき、不足がないように準備をしておく形だ。

 こうした備品類は年に一度、十分な数量を業者から一括で購入するかわりに、いくらか値段を割り引いて貰っている。

 医薬品はともかく、探索者用の装備などはユーザー自体がかなり限定される商品になるので、毎年まとまった数量を購入する松濤女子はそうした業者から見るといい顧客ということになり、多少、価格を割り引いて貰っても十分な利益になるようだった。

 また、探索者用の装備といえば、試作品を無料で配布して実用性を確認したりする、いわゆるテスターの役割を松濤女子の生徒たちで担う場合もあり、そうした業者との関係はそれなりに良好だといえる。

 毎年、まとまった人数の探索者が誕生する組織として、今のところ松濤女子は最大規模を誇るわけで、そのアドバンテージが崩れない限りは、そうした業者側から見ても、普段から松濤女子にサービスをしておく意味は十分にあるようだった。

 と、概略を説明すればなんということもないのだが、実際にはそうした物品を管理するのはなかなか面倒な仕事でもあった。

 そうした補充品は大抵、大量に届く。

 トラックに何台か、とか、場合によっては十トンのコンテナにみっしり詰まった状態で学校の駐車場に乗りつけ、そこから校舎内の保管場所まで運ぶのは委員会の仕事になる。

 運よく手が空いている探索部員が捕まれば、もちろん手伝って貰うわけだが、そうした幸運に恵まれない場合は委員会だけで運ぶ。

 物によってはさほど重くはない荷物あるのだが、そのほとんどは梱包なども含むとかなりの重量物であり、さらにはかさばって持ちにくい。

 その手の梱包とはだいたいは成人男性にとって扱いやすいサイズに設定されており、智香子たち中高校生女子の手足には余る場合が多かった。

 そこで段ボールなどに収まった物品を二人とか三人がかりで持って、保管場所まで運んでいくことになる。

 迷宮の影響圏内まで入れば重量に関しては苦にならなかったが、荷物の持ちにくさ点についてはあまり変わらなかった。


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