第213話 効用と価値

「ああ」

 佐治さんは、ため息のような声を漏らした。

「今のは、身構えていてもいなせなかったなあ。

 力を、逃せなかった」

「それって、力が強すぎたから?」

 黎が、確認をする。

「それとも、衝撃が来るのが速すぎたから?」

「両方」

 佐治さんは、即答する。

「なんていうか、普通の攻撃を受け止める時と、感覚が全然違う」

「今の、そんなに力を込めたつもりもなかったんだけど」

 不思議な表情をした香椎さんが、そういった。

「うん。

 わかっているよ」

 佐治さんは、香椎さんに顔を向けて頷く。

「その、ブラックジャックの特性だと思う。

 撓る、って、予想していた以上に厄介なんだなあ。

 受け止める側からいうと、力の伝わり方がいつもとは全然違うから」

 衝撃をうまく逃がすことができない、ということらしい。

「初心者向けとはいえ、そんなに簡単に壊れるよう盾ではないはずなんだけどね、これ」

 智香子は、もうひとつの盾を〈フクロ〉から出しながらいった。

「不良品だった可能性も否定できないから、念のため、これでもう一度同じことをしてみて」

「了解」

 佐治さんは、軽い口調でそういって頷く。

「ただ今度は、さっきよりも本気で力を逃がしてみる」

「そうだね」

 智香子は、即座にその言葉に頷いた。

「実験として考えると、同じ条件の方が好ましいんだけど。

 でも、このブラックジャックがどこまで使えるのかも知りたいし、やってみようか」


 香椎さんは、今度は盾の右側を叩いた。

 そして今回も、盾は衝撃耐えきれず、亀裂を走らせて右半分が割れる。

「いや、参ったなあ」

 佐治さんは、割れた盾を見てそうぼやいた。

「本気で受け止めようとしても、この有様だよ」

「つまりこのブラックジャックは」

 黎が、そう結論した。

「剣とかの通常の武器よりよほど強い衝撃で、なおかつ相殺にしにくい打撃を生む、ってことでいいのかな?」

「それで間違いないと思う」

 佐治さんは、神妙な表情で頷く。

「もっと慎重に、試験をしてから結論を出すべきだとは思うけど」

「もうひとつ指摘しておきたいのは」

 今度は香椎さんが、口を開いた。

「一年生のわたしが、そんなに力も込めずに使ってもこれくらいの威力があるって点ね。

 もっと経験を積んだ先輩方が本気で使えば、どれほどの破壊力を出せるのか」

「ああ」

 智香子は、うめくようにそういった。

「そうだよね、うん」

 累積効果、というものがある。

 探索者は、その経験に応じて身体能力も強化されるのだ。

 少なくとも、迷宮の影響圏内においては。

 重たいアイテムも収蔵されているこの保管場所は、その迷宮の影響圏内に存在する。

「次の試験、行ってみようか」

 智香子は、そういった。


 佐治さんは、両手で持った短剣を構えている。

 剣道でいう、正眼の構えだ。

 そうして佐治さんが持っていた短剣を、香椎さんが持ったブラックジャックが横に薙いだ。

 乾いた音を立てて、短剣が、半分に折れる。

「おやまあ」

 佐治さんは、目を見開いてそういった。

「半分予想していたとはいえ、ここまで綺麗に折れるとは」

「ええっと」

 香椎さんは、戸惑った様子だった。

「さっきのも、そんなに力は込めていないよ。

 両手を使って振ったけど」

「わかっているって」

 黎が、そういって頷く。

「なんかここまで来ると、どんな結果が出ても驚く気にならないな」

「この時点でも、このブラックジャックは打撃武器として十分な実用性を持っている、ってことはいえるかな」

 智香子が冷静な声を出した。

「形状があれなんで、これまで校内でこれをまともに使おうとした人はいなかったみたいだけど」

「校外でなら、これを使いこなしていた人もいたのかなあ」

 佐治さんが、そういった。

「いたとしても、自慢げに吹聴する人はいなかったんじゃない?」

 香椎さんは、首を傾げながらそういった。

「形とか通称がアレだし、なにより使い勝手がいいと広まったら、このアイテムの争奪戦が起こるし」

「ああ、値段もあがるか」

 佐治さんも、頷いた。

「一応これ、滅多にドロップしないレア・アイテムってことだしな」

 実用品としてこれを使っている探索者が存在したとしたら、そうした噂が広まるのは避けたいところだろう。

 あまり価格が吊りあがったアイテムは、それを目当てにした強盗も起こるらしい。

 そういう例は、過去に何度かあったと智香子たちは聞いている。


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