第212話 破壊力試験

「普通のブラックジャックっていうのはさ」

 佐治さんがいった。

「武器っていうより、その場にある材料でぱっと作れる鈍器って印象があるけど。

 袋状の物に石とか硬貨とか詰めて振り回せば、それでもうブラックジャックといえるし」

「詳しいね」

 黎が、そう応じる。

「それって、普通の、そこいらにある棒とかでもいいんじゃない?

 即席の武器っていうんならさ」

「このブラックジャックの特性として」

 佐治さんは、そう続ける。

「柔らかいから、表面をあまり傷つけずに、その内部だけに衝撃を伝えることができるんだ。

 あまり相手に傷跡を残したくない時とかに、よく使われる」

「陰険な武器」

 香椎さんは、そういって顔を顰めた。

「使うのも使われるのも、避けたい。

 でも、そうか。

 そう考えると……」

「少なくとも、体表が硬いエネミーには有効なんじゃないかな」

 智香子が、香椎さんがいいかけた言葉を引き取る。

「どこまで有効なのかは、実際に試してみないとなんともいえないけど」

「体表が硬いエネミーか」

 黎がいった。

「もっと下の階層に行くと、珍しくないそうだね」

「巨大な虫型とか爬虫類型とか、ね」

 香椎さんも、黎の言葉に頷く。

「硬い殻とか鱗を破壊せずに、そのまま衝撃を加えられるのなら、それはそれで利用価値があるのか」

「ああ、あと」

 佐治さんが、片手をあげて発言する。

「撓る、ってことで、ちょっと思いついた使い方があるんだけど」


 エネミーを相手にする実証実験は迷宮に入らないとできなかったが、佐治さんが思いついた使い方については今すぐに実験可能だった。

 智香子たちは武器の保管場所への出入りも認められていて、誰の許可も取らずに中に入ることができる。

 もちろん、出入りした時間の記録はとられるし、その際の利用目的についても後で報告をすることになっていたが。

 武器庫に入った智香子たちは、そのまま例の柔軟な鈍器を取り出し、智香子は自分の〈フクロ〉から鉄製の短剣を取り出す。

 短剣と呼んではいるものの、実際には「そう見える形状をしている」だけの鉄塊であり、刃はついていない。

 ただ、こんな代物でも探索者の力で振り回せばそれなりの武器にはなるので、消耗品の武器として使い続ける探索者も多いと、智香子たちは聞いている。

 長さは五十センチに届かないくらいで、つかりリーチはかなり短いのだが、迷宮のほぼ全階層でドロップし、補充が容易な代物でもあった。

 鉄の硬貨と並んで、迷宮内で多くドロップする、ポッピュラーなアイテムであることは間違いない。

「誰が持つ?」

〈フクロ〉から出した短剣を掲げて、智香子が訊ねた。

「じゃあ、わたしが」

 佐治さんが、片手をあげて名乗り出た。

「いいだしっぺだからなあ」

「じゃあ、こっちは任せて」

 例の柔らかい鉄の鈍器を手にした香椎さんが、そういう。

「はじめて持ったけど、これ、思ったよりも柔らかいね」

 香椎さんはぶんぶんとその鈍器を振り回しながら、そういった。

 香椎さんは肘から先しか動かしていなかったのだが、その鈍器は香椎さんが握っている箇所のすぐ上から、ほとんど九十度くらいにまで折れては反対側に戻っている。

「本当」

 黎が、率直な感想を口にする。

「気持ちが悪いくらいにグニャグニャだね、それ」

「まあ、ドロップ・アイテムだから」

 智香子はいった。

「この前の円盤もそうだけど、普通の物理的な制約とかは平気で無視している物だと思うことにしましょう」

 実際、そのアイテムの撓り具合を間のあたりすると、黎が口にした通り、

「気持ち悪い」

 という思いが先に立ってしまう。

 これまで智香子たちが知っている金属では、こんな動きをすることがない。

 経験的にそう知ってしまっているので、明らかに鉄のような質感を持つこの鈍器がこうして柔軟な動きを見せていると、自分の認識の方が崩壊していくような気分になる。

「短剣を試す前に」

 その鈍器を振る動きを止めた香椎さんが、そういった。

「ちょっと、これ本来の破壊力を見てみない?」

「それじゃあ」

 智香子は、その場で自分の〈フクロ〉から予備の盾を出す。

 ドロップ・アイテムではなく、人間社会で製造された、透明な特殊樹脂でできた盾だった。

「それ、持つよ」

 黎が、さりげない動作で智香子の手からその盾を受け取り、佐治さんの方に構えた。

「まずは、正面からお願い」

「はい」

 香椎さんは躊躇する様子も見せず、振りかぶった鈍器をそのまま黎が構えた盾にぶつける。

 予想外に大きな音がして、両手で盾を構えていた黎が、

「うっ!」

 といって、よろめいた。

「衝撃を内部に伝えるっていたけど」

 黎は、そう感想を述べた。

「確かに、そうかもね。

 予想していたよりは、ずっと重かった」

「ちょっと、交替して」

 佐治さんはそういって、黎から盾を受け取る。

「こういうのは、盾を使い慣れている人がやらないと」

 佐治さんの盾の使い方は独特だった。

 盾に伝わった衝撃を正面から相殺する、のではなく、その力を斜めに受け流すような使い方をすることが多い。

 あるいは佐治さんならば、この衝撃もうまく逃せるのではないか。

 と、智香子は想像する。

 香椎さんは、佐治さんが構えた盾にも容赦なく鈍器をぶつける。

 黎の時と同じくらいに大きな音がして、佐治さんは、

「おわっ」

 と小さく呟いて、少し蹈鞴を踏んだ。

「大丈夫?」

 智香子が、確認をする。

「うん、問題ない」

 佐治さんは即答した。

「ただ、想像していたよりも加わった力が大きかったんで、ちょっと逃がすのに失敗した」

 逃がす、とは、打撃による衝撃を、ということなのだろう。

 智香子は、そう想像する。

「今ので威力はだいたいわかった」

 佐治さんはそういって、盾を構え直す。

「今度は盾の正面ではなく、右か左の端を狙って打ってみて」

 香椎さんは、例の鈍器を振りおろす。

 それまで以上に力を込めたようにも見えなかったが、佐治さんが構えた盾の左端に命中した鈍器は、そのまま盾を盾半分に割った。



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