第204話 価値観の違い
なにを面白く思うのか。
あるいは、その人にとってなにが重要なのか。
この問題について智香子は、
「個人差が大き過ぎて、一般論で明確な解答を出すことはできない」
と、そう考える。
迷宮に入ってエネミーを殺し続ける。
探索者のやっていることといえば、単純化していえばそういうことになる。
そのことを好まない人間が大勢いることは、智香子も納得がいく。
しかし、自分の方がその「大勢の人間が信じる価値観に烏合しなくてはならない」、とは感じなかった。
実際、新たに探索者になる人は年々減っていて、特に若い人ほど探索者になりたがらない、という傾向はあるようだった。
ただ、若年層の労働力不足ということでいえば、他の業界でも似たようなものであり、探索者関連というよりは現在のこの国全体を覆う宿痾のような問題だとも思う。
どこへいっても人手不足、といった現在の状況であると、探索者のように、労働環境としてあまりいいイメージがない業種をわざわざ選ぶ人が少ない、というは、それなりに納得がいくのだった。
しかし、だからといって、智香子自身が探索者として活動することについて、
「面白くないこと」
と一蹴されるのは、智香子にいわせればかなりの違和感をおぼえた。
「実態を、よく知らないくせに」
という言葉が、先ほどから喉元まで出かかっている。
ただ、彼女たちも決して悪気があるわけではなく、ただ単に視野が狭く自分の見える範囲でしか物事を判断していないだけだ。
ということも理解しているので、智香子としては適当にあしらうしかないのだが。
逆に智香子にしてみれば、彼女たちのいう遊び、友達と繁華街へ出かけたりカラオケにいったり、といった一般的な遊びが、そこまで魅力的なものだとも思えなかった。
息抜きとして、たまにそうしたことをするくらいならいいかも知れないが、冬休みとかの長期休暇にまでそうした行為を率先してやらなければ、という思い込みの方が、智香子にいわせればある種の強迫観念じみている。
結局、
「価値観が違う」
のだろうな、と、智香子は結論した。
学校の授業や勉強が楽しいと感じたことはないのだが、自分にとって将来必要になると理解しているから、手を抜かない。
探索者としての活動も同様で、迷宮の中での行動が楽しいわけでもないのだが、より効率的な、もっと上手な対処法を考え、工夫し、実行して結果を確認することは好き。
そうした考えを、まったく違った価値観を持つ人たちに説明し、納得させることはなかなか難しかった。
少なくとも、智香子にとっては。
「そりゃそうだよ」
放課後、委員会の教室で会った時、自分のクラスでのやり取りについて説明をしたら、佐治さんはすぐに頷いてくれた。
「柔道が面白いっていっても、すぐに同意してくれる同年配の子なんかほとんどいないもん」
実に、端的な理由だった。
ただ、経験から出た言葉であるだけに、重い。
「結局」
香椎さんは、そういう。
「知らないことを想像することは難しいってことでしょ。
まして、迷宮だの探索者だのって、いい加減なイメージが先行しているし」
「そうなんだけどね」
智香子は頷く。
「ただちょっと、そのほとんど知らないことに関して、わかったようなことを正面からいわれると、ちょっとなあ、とは思うけど」
「気にし過ぎだと思うけどなあ」
黎は、そうコメントした。
「関係のない外野がいうことなんて、適当に聞き流しておけばいいのに」
「まあ、そうなんだけどね」
この意見にもまた、智香子は頷くしかない。
「ただその、そういうことをいう子たちっていうのは、見識がひどく狭いなあ、と」
「当然でしょ」
香椎さんは、そう断じた。
「普通の中学一年生なんて、ほとんどなにも知らないんだから。
家と学校、それにテレビとかネットで拾った知識しか持っていない子たちに、見識とか求める方が無謀」
バッサリだった。
いわれてみればその通りだった。
智香子が普段接しているこの子たちは、なんだかんだいってそれぞれに頭が回り、理解力に富んでいて、教えられることが多い。
それで、ついそれが同年配の子の標準だと思い込んでしまう。
これは部活とか探索者がどうこういうことではなく、自分がかなり特殊な子たちとつき合っていることを失念しがちになる、智香子自身の錯覚が大元の原因だった。
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