第203話 智香子の回答

 大人の、プロの探索者の目的は単純だ。

 お金。

 その一言で、説明がつく。

 その他に、あくまで趣味とかして探索者をしている人もいるようだったが、それはあくまで少数派だろう。

 しかし、智香子たち、松濤女子の生徒たちは、そうした営利的な動機からは遠ざけられている。

 少なくとも、建前の上では。

 労働基準法がある以上、営利行為を目的として中高校生に探索者となること推奨、あるいは強要することはできなからだ。

 だが実際には、一口に探索部員といっても内情は様々だった。

 特に、迷宮からの報酬を部費としている兼部組は、探索部員の中でもかなりの割合を占める。

 そうした兼部組は、少ない活動時間をやりくりして基礎体力作りと資金稼ぎを兼ねて迷宮に入っているわけで、その動機としては大人の探索者たちと大差なかった。

 この場合もまた、動機として見るとわかりやすい。

 ただ、智香子自身のように、探索部にしか所属していない生徒たちも、割合的には少ないながらも確実に存在しているわけで。

 そうした子たちにしてみれば、

「動機は、各人によって違う」

 としかいいようがないだろうなあ。

 と、智香子は思う。

 黎は多分、親類の葵御前に憧れて。

 正面から本人に確認したら、おそらくは否定すると思うけど。

 佐治さんは、この学校に柔道部がなかったから。

 香椎さんの場合は、卒業後すぐに、経済的に自立をするため。

 みんな、バラバラだ。


「ええっと、ね」

 智香子は、クラスメイトたちに説明を続ける。

「ゲームの経験値稼ぎというか。

 それよりも、うん、学校の授業のがわかりやすいかな」

「学校の授業?」

 智香子の意図を掴みかねて、クラスメイトたちはそんなことをいって顔を見合わせた。

「学校の授業が、なんのためにあるかっていうと」

 智香子は続ける。

「授業で教える内容そのものも、それなりに意味はあるんだけど。

 でもそれ以上に、その内容を身につける過程自体の方が、より大きな意味があると思うんだよね。

 受験が終わったらほとんど必要なくなる知識が多いんだけど、学ぶ過程で得た知見、経験。

 うーん。

 学習のやり方っていうのかな。

 そういった諸々を身につけることの方が、ずっと重要だと思う。

 卒業後も、そうした経験は役に立つはずだし」

 学び方が身についていれば、新しい知識が必要になった時も、自分自身で対処することが可能だ。

 そうした、方法論を身につけられることの方が、より大きな意味を持つのではないか。

 と、智香子は考えている。

「それと同じように」

 智香子は、さらに続けた。

「迷宮に入ることも、やっていること自体は単調なことの繰り返しで、ある意味では退屈。

 でも、その前後で考えなければならないこと、身につけなければならないことは山ほど見えてくるし、そういうのを自分で考えて解決方法を探してどうにかするっていうのは、実はとても楽しい」

 こうしている今も、智香子は多くの問題を抱えている。

 しかし、それは決して悪いことではない。

 と、智香子は考えている。

 多くの問題があるということは、その問題を解決する機会がそれだけ多くある、ということでもある。

 そして、そうした問題解決の過程で起こる試行錯誤は、面倒だけどこれでなかなか楽しい。

 少なくとも。

 と、智香子は思う。

 他の部活では、体験できない内容だろうな、と。

「一例をあげると」

 智香子はいった。

「最近、委員会の仕事で、学外の企業と打ち合わせをしたりするんだけど。

 そういうのって、普通の中学生では体験できないんだよね」

「それって、楽しいの?」

「それは、人によるんじゃないかなあ」

 智香子は、言葉を濁した。

「わたしにしてみれば、普通に旅行に行ったり遊んだりするよりは、面白いと思うけど」


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