第199話 進路

 当然のことだが、高等部三年生の先輩方は、もう少しして春になると卒業をしていく。

 これは橋本先輩だけに限ったことではなく、高等部三年生の先輩方、全員がいなくなるのだ。

 智香子自身が少し前にそうして地元の小学校を卒業してきたわけだし、学校とはそういう、生徒側から見れば数年をかけて通過していく場所なのである。

 だから松濤女子の探索部も、毎年一定数の生徒が入れ替わっていることになる。

 学校の部活や委員会という物は、そうした人間の新陳代謝が存在することを前提として組織されているわけで。

「橋本先輩は、もう進路は決まってるんですよね」

 智香子は、そう確認をしてみた。

 この時期に、まだ進路が決まっていない人が呑気にこんな場所にいるわけもないのだが。

「うん」

 橋本先輩は頷く。

「地方の大学に。

 春までに住むところ決めたりなんだり、もう少しすると忙しくなるからさ。

 こっちに顔を出せるのも、もう少しってところかな」

 地方へ進学、か。

 進学先が首都圏ではなく、もっと遠い場所となると、準備にも相応に手間を取られるのだろう。

 実家から一人だけ離れて住むって、どんな気持ちになるんだろうな。

 と、智香子は思う。

 家事も自分でやりながら大学に通うとなると、かなり大変そうなイメージがあるのだが。

「先輩、どこの学校に行くんですか?」

 佐治さんが、軽い口調で訊ねた。

「一応、国立」

 橋本先輩は答える。

「建築学科」

「建築学」

 黎が、なんとも微妙な表情になって呟く。

「図面を書いたりとか?」

「そういうこともするけど、わたしがやりたいのはマテリアル関係かな」

 橋本先輩はいった。

「迷宮から次々と未知の素材が出てくるから、理工系の研究者はかなり忙しくなっているんだよ。

 うまい活用法を考えるのが追いつかないくらいだ」

「はぁ」

 智香子は、曖昧に頷く。

「そうなんですか」

 大学進学にせよ、迷宮でドロップしたアイテムの研究にせよ、今の智香子にとってはあまり身近な問題ではない。

 そのため、具体的なイメージが湧きにくいのだった。

「うち、女子校にしては、理系への進学率が高いんだよね」

 橋本先輩は、そう続ける。

「工学部とかさ。

 探索部があることだけが、原因だとも思わないけど」

 だけが、原因ではない。

 微妙ないい方だな、と、智香子は思う。

 それだけが原因というわけではないが、一因になっていることは否定できない、というわけだ。

 あの円盤のような、不思議なドロップ・アイテムに普段から触れていれば、そちら方面への興味を掻き立てられる人も一定数出てくるか。

 とも、思った。

 松濤女子の卒業生が理系の学部を目指す根拠は、それなりにありそうな気がする。

 智香子に関していえば、まだまだそうした進路について、本気で悩むような年齢でもなかった。

「どうして建築学部なんですか?」

 今度は、香椎さんが訊ねた。

「理工系といっても、他にもいろいろな学部がある中で」

「同じマテリアル関係の研究でも、理論物理とかはなんとなく性に合わないように感じて」

 橋本先輩は、そういう。

「わたし、基本的に目に見えたり自分で触ったりできる物にしか興味を持てないみたいなんだ」

「ああ」

 智香子はその言葉に頷く。

「建築なら、確実に目で見たり手で触ったりできますもんね」


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