第197話 破壊力の実験

 迷宮の内部だからこそ、どんな不思議な、不自然なことだって起こりえる。

 どうやら橋本先輩は、そういいたいようだった。

 これは別に橋本先輩だけの個人的な意見というわけでもなく、智香子は別の探索者の口から、何度か同じような内容を聞いている。

 つまりは、経験が長い探索者ほど、同じような意見に収斂していくたぐいの経験則なのだろうな。

 と、智香子はそう解釈をした。

 この円盤のことろ、松濤女子の関係者だけではなく、外部の公社の人たちも冷静に取り扱っていたことから考えても、その見解は妥当なものなのだろう。

 この程度の不思議アイテムは、迷宮でドロップする物としては決して珍しいわけではない。

 おそらくは、そういうことなのだ。

 そのおかげでこの国の産業界と学会の各種研究機関は恒常的に莫大な予算を与えられ、世界で唯一迷宮が存在する国家として利点を最大限に生かそうと日々奮闘しているという事情があるのが、当面、そちらの事情については一中学生に過ぎない智香子が関心を持つべきことでもない。

 智香子の目から見てもこの円盤はかなり非常識な性質を持っているように思えたが、そうしたアイテムがドロップすることも決して珍しいわけではない。

 橋本先輩をはじめとして、周囲の大人たちもみんな、そうした認識を共有している。

 と、そういうことらしい。

 まあ、いいか。

 と、智香子は思う。

 同じ円盤は、特殊な性質について報告をした書類を添付した上ですでに公社に提出している。

 研究とか応用とかは、専門家の大人たちが考えるべきことであり、智香子たちはそもそも干渉するべき余地が残っていない。

 智香子たちがこの円盤についてできることといえば、もっと実際的な、探索者としての利用法を考え、実地に使用することだ。


「こんだけの飛距離があるんなら、飛び道具としては十分だな」

 橋本先輩はそう続ける。

「命中精度については、この円盤をどれくらい扱い慣れているかという習熟の問題が絡んでくるんで、今は検証しない。

 後は、威力だな」

 そういった後、橋本先輩は自分の〈フクロ〉から一辺が五十センチくらいの正方形のベニヤ板を取り出す。

 そして、歩数を数えながら、智香子たちから正確に二十歩離れて、そこでそのベニヤ板を構えた。

「ええっと、発見者の佐治ちゃんでいいか」

 ベニヤ板を構えながら、橋本先輩はいった。

「その位置から円盤を、ええと、きっかり二分間回してから、この板に当ててみて」

「うまくコントロールできるかなあ」

 そういいながら、佐治さんは自分の指を円盤の穴に差し込む。

「チカちゃん、時間計って合図して。

 先輩、狙いがそれて自分に当たりそうになったら、ちゃんと避けてくださいよ」

「わかっている、わかってる」

 橋本先輩はそういった。

「そういう時はちゃんと避けるから、手加減なしで円盤を回して」

「ええと、それじゃあ」

 スマホのストップウォッチアプリを操作しながら、智香子はいった。

「佐治さん、準備はいい?

 では、時間を計りはじめます。

 スタート!」


「今!」

 正確に二分後、智香子が合図をすると、その直後に佐治さんの手元から円盤が放たれる。

 円盤はまっすぐに橋本先輩が構えたベニヤ板に命中し、その板を真っ二つに割った。

「もう一回、同じのを」

 橋本先輩は、割れたベニヤ板をそのまま地面に捨てて、そういう。

「ただし、今度は時間を一分間に縮めてみて」


 橋本先輩はそれからも何回か、円盤を回す時間を変えて同じ実験を繰り返した。

「三十秒程度でも、この板を割るくらいの力はあるっぽいね」

 というのが、橋本先輩が出した結論になる。


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