第196話 飛距離の計測
「わかっていたことだけど」
橋本先輩は、迷宮に入ってからそんなことをいい出す。
「これ、運動エネルギーをチャージしている間、片手が塞がっちゃうのが難点だな。
せめて、利き腕は開けておくように指導しないておかないと」
「ここでいきなりエネミーが現れたりしたら、どうすんですか?」
佐治さんがそんなこを訊いた。
「この円盤をそのエネミーの方に放って、後はいつもの通りに対処するだけ」
橋本先輩は即答する。
「落ち着いて行動をすれば問題はない、はず。
むしろ、この円盤の扱いに習熟させることの方が問題かなあ」
そもそも、迷宮の浅い階層であれば、智香子の〈察知〉スキルに火閣下ら頭に近寄って来ることができるエネミーはほぼ存在しない。
「一度、ここで円盤を放してみますか?」
今度は、香椎さんが口を開いた。
「これの飛距離とか威力とか、一度この目で確認しておいた方がいい気もしますし」
「だね」
橋本先輩は、その言葉に頷く。
「チカちゃん、時間計っている?」
「いわれた通り、スマホのストップウォッチで計測してます」
智香子は片手に持っていたスマホの画面を見ながらいった。
「今、回しはじめてから六分を過ぎたところですね」
「上等」
橋本先輩は、智香子の言葉に頷く。
「じゃあ、合図したら前の方に円盤を放して。
三、二、一!」
智香子たち一年生四人と橋本先輩、あわせて五つの円盤がかなりの速度で前方に飛んでいった。
速度だけではなく勢いもあり、放物線を描くというよりはまっすぐ、直線状の軌道を描いて飛んでいくように見えた。
「想像していたよりも早くて、勢いがあるかな」
あっという間に視界の中から消えた円盤を見送って、橋本先輩はそんな感想を述べた。
その後、
「そんじゃあこれから、円盤を回収にいくから。
ここから円盤までの歩数をみんなで数えておいて」
と指示をする。
正確な飛距離を刃あろうとしなかったのは、円盤がどこまで飛ぶの物なのか、基本的なデータがなかったからだ。
すぐに用意できるメジャーで測れる距離ならば問題はないのだが、その範囲には収まらない可能性もある。
いいや、智香子の報告をまともに受け止めれば、そうではない、もっと長い距離を飛んでいく可能性の方が多い、と橋本先輩は想定していた。
それにこの円盤は、精密な射撃にはあまり向いていない。
だとすれば、正確な飛距離を計測するよりは、大雑把にどれくらいの距離を飛ぶものなのか、目安となるアバウトな数値さえわかっていれば、そんなに困ることはないだろう。
と、そう判断をしたのだ。
智香子たちは全員で自分の歩数を数えながら、円盤が飛んでいった前方へと進んでいく。
途中、何度か橋本先輩が智香子に、
「近くにエネミーがいるか?」
と確認してきた。
普段はもっと早足で移動することが多いのだが、この時はそれぞれが歩数を数えながら、やや慎重な足取りで進んでいたこともあって、智香子の〈察知〉スキルも、すぐにエネミーの反応を捕らえることはなかった。
智香子が六千歩を数えたところで、ようやくぽつんと地面に落ちている円盤が視界に入った。
さらに千歩近く歩いて、ようやく地面に落ちていた円盤を拾いあげることができるようになる。
飛距離に多少の差はあるようだったが、円盤はだいたいその周囲に落ちていた。
「八千歩前後、か」
全員からそれぞれの歩数を聞いた後、橋本先輩はそういった。
「先人男性の歩幅がだいたい四十センチ前後と聞いているから……」
「わたしたちだと、三十センチから三十五センチってところじゃないですか?」
黎が、そういう。
「三十センチと考えて、それかける一万九千、と」
智香子はそのまま片手に持っていたスマホの電卓アプリを起動し、その場で計算をした。
「二十四万、単位は、センチ。
ってことは、ええ!
二キロ半近くも!」
「この円盤の特性を考えると、それくらい飛んでも不思議ではないよ」
橋本先輩は、静かな声でそういった。
「なにしろここは、迷宮なわけだし」
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