第193話 円盤の実用法

「ええっと」

 智香子の説明を聞いた黎が、そういった。

「これをぐるぐるーっと回すと、その回した勢いがどんどん溜まっていって、その勢いをそのままぶつけることができる、ってこと?」

「そういうこと」

 智香子は小さく頷く。

「らしいね、多分」

「よくそんなことに気づくなあ」

 黎は、半ば呆れたような口調で続ける。

「あれだけのヒントで」

「遠心力を攻撃力に変換、って発想を、まずしない」

 香椎さんも、そんなことをいい出した。

「つまり、普通の人はってことだけど」

「遠距離攻撃なら、スキルを使えばいいだけだからなあ」

 この円盤の性質を発見した佐治さんまでもが、そういった。

「この円盤の使い方を、あえて考えた人がこれまでいなかったんじゃないか?」

「円盤の性質自体、ついこの間まで知られていなかったわけだから」

 智香子は、そういう。

「指を入れて回したらしばらくは止まらない。

 そういう性質に気づいた人は、これまでにもいたのかも知れないけど」

 そうした気づいた人がいたとしても、そのことが重要な意味をもつとは思わなかったから、そうした性質に関してもこれまでほとんど知られずに終わっていた。

 もともと、松濤女子の委員会しか出入りをしないような、つまりかなり限定された人数しか出入りをしていない特殊階層でのみ、ドロップするアイテムである。

 そして、ドロップ・アイテムには、特に通常の物理法則を逸脱する代物が浮くまれていることも、探索者周辺には広く知られていることだった。

 この円盤の性質についても、その存在に気づき不思議に思った人がいたとしても、

「このアイテムは、そういうものなのだ」

 と認識して、それで終わりになった可能性は大きい。

 さらにいえば。

 佐治さんが指摘をしたように、〈ショット〉系や〈バレット〉系、さらには弓道部の人たちが使う〈梓弓〉など、遠距離攻撃用で頼りになる、同時に使い勝手がいいスキルはすでにいくつか知られているわけであり、その上、この円盤を、使うのに相応の前準備が必要なことを前提にした上であえて使用する理由も、智香子には思いつかない。

「メリット、かあ」

 そのことについて、黎はそういった。

「強いていえば、遠距離攻撃でも、完全に物理攻撃になるってことかなあ。

〈梓弓〉にせよ〈狙撃〉にせよ、物理属性の遠距離攻撃用スキルって、実際に使える人はかなり限られているし」

 智香子が知る限り、〈梓弓〉は弓道経験者に、〈狙撃〉は銃器の扱いに慣れているか、その効果をかなり具体的に、克明に想像をできる人にのみ生えやすいスキルであるらしい。

 そのどちらにせよ、一般的な日本人にはあまり生えやすいスキルであるとはいいがたい。

 城南大学の早川さんはこのことについて、

「想像力の問題なんじゃないかな」

 と、推測を述べていた。

 弓にせよ銃器にせよ、弾道や射程距離、威力などについて、具体的に予想が可能な人ほど、そうしたスキルが生えやすい傾向にあるのではないかと。

 その推測が、あたっているのかどうか。

 智香子には判断できなかったが、いずれにせよ、探索者の全体数から見れば、そうした物理的な遠距離攻撃用のスキルの所有者の割合がかなり少なくなることは確かであった。

 連射が可能で隙も少ない、〈ショット〉系や〈バレット〉系のスキルがポピュラーになっているため、それ以外の遠距離攻撃用スキルがあまり必要とされていない、ということもある。

「遠距離用物理攻撃のメリットって、なんだろう?」

 智香子は、自分でも気づかないうちに小さく呟いていた。

「確実性、だろうね」

 佐治さんが、即答する。

「〈ショット〉とか〈バレット〉だと、エネミーによってはあまりダメージにならない場合もあるわけだし。

 その点、物理で殴るのは、まあ確実だわな。

 殴る力の大きさにもよるけど」

 なるほど。

 と、智香子は思う。

 智香子自身も使える〈ライトニング〉系のスキルも、実際の殺傷能力としては、少し頼りない。

 だから、佐治さんがいうことは、よく理解ができた。

 その点、この円盤の場合は。

「回す勢いが強ければ強いほど、威力も大きくなるわけだから」

 智香子は、いった。

「攻撃力としては、それなり、になるよねえ」

「そのかわり、攻撃を開始するまでの準備が必要になるけど」

 黎が、そういう。

「ずっと円盤を回し続けなけりゃ使えないわけで、その時間、片手はそっちの作業で塞がっちゃうよね」

 つまり、迷宮の内部にいる探索者としては、かなり隙が大きい状態になる。

 やっぱり、癖が強いな。

 改めて、智香子は思った。

 使い方をかなり工夫しないと、実地では使えそうもない。

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